美しい日本の住まい
押入れ (前編)
「押入で座敷が活きる ----- 野平洋次 ----- 」
「押入はいつ頃からあるのですか?」と問われたことがある。「(中世までは戻らない近世だろうと思いつつ)江戸時代かなあ」と返えすと「そんなに古いんですか」ときた。浅学の高齢者と、自分が生まれる前は全て昔話で片付ける若者との頓馬な会話だった。
 たしかに「押入」とは今や古めかしい言葉ではある。現代の辞書では、押入とは「襖・戸で仕切られている寝具や家具などを入れる場所」と示されている。近頃の住宅広告では、押入と同じような収納場所も「クローゼット」と記されている。そんなわけで押入の起源をたどってみたいが伝がない。つたなくも手元の本をめくってみると、江戸時代の住まいでの寝具や家具を入れる場所として以下のことが確認できた。
・ 下級武士の家に押入、上級武士の家屋や大名屋敷などに「納戸」(または「小納戸」「御納戸」)の名称が見られる。
・ 大半の町人が住んだ9尺2間の6畳長屋に押入はない。
・ 江戸時代に建てられた農村民家の調査図面では、5室以上ある家に「納戸」または「押入」(あるいは「入」)があり、4室の田の字型農家では1部屋が「ナンド」となっている例が見られる。
 日本家屋は標準寸法で分割された縦横格子の線上に柱を配置することが原則である。部屋割りもこの格子に添う8畳間が基本だから、半間(0.91m)×2間(3.64m)の押入+6畳=8畳となり、続き間・開口部などを考慮するとどこにでも配置できるものではない。上級武士や公家、豪農・豪商などが住む広い広い家では、押入などという狭い場所ではなく収納のために一部屋(納戸など)が与えられる。
 明治39年「日本建築辞彙(じい)」中村達太郎編(日本で初めての建築用語辞典)で押入を引いてみる。押入は「作り付けの戸棚。長襖建(ながふすまだて)押入:中央に框(かまち)は見えずして、内法一杯に襖を建てある押入れをいう。これ普通のものなり。中敷居付き押入:中央に化粧框顕(あら)われ、その上下に襖を建てある押入をいう。その框を前框と称す。」
 以上のように押入は戸棚と説明され二種類が示されている。このような押入は大工見習いがひととおりの修行を終え、一人前として最初に任される内装工事の部位だ。床・壁・天井の木工事の基本事項が集約されている。
 押入が住居の基本事項であることは大工仕事にとどまらない。
 大正時代、群馬県高崎市に住んだドイツ人は、日本家屋の要点を12項目あげている。そのうちのひとつに押入がある。住んだ家屋は全部で11.5畳ほどの小住宅で押入が2畳分もしめていることに気がつく。幅1間の押入には夜具布団類をしまい、半間の押入にはいろいろな世帯道具が入れてあると書く。(ブルーノ・タウト「日本の家屋と生活」1936)。
 ちなみに残りの日本家屋の要点11項目は、1.標準寸法、2.高床、3.架構式構造、4.天井と内壁、5.板張りの床、6.美学的要素、7.戸障子類、8.便所、9.浴室と台所、10.なにもない外部、11.安い建築費
 畳敷きの床にフトンを敷いて寝るについては季節に応じた夜具が必要で、それらを収納する場所すなわち押入が日本家屋の重要項目となる。夜具つまりフトンについても掛け布団、敷き布団さまざまある。その量は家族数、客人の数に比例する。座布団もある。収納場所は半端ではない。
 この押入によって昼と夜の座敷の場面転換が可能となる。
 広間に寝床を設え、屏風や衝立を置いて囲えば、座敷が寝間に変容する。散らかしっぱなしの騒々しい子供の遊び場も、そこに取り散らかした物を押入に押し込んで座布団を敷き、チリ一つ無い静かな部屋に変容させることができる。
 何でも収納する押入を「押込み」と表現する地域がある。押入があることで不要な物を置かない座敷が成立する。主たる空間とそれをサポートする空間である。その局地としては茶室と水屋の関係がある。
 近代住居は機能に対応した用途別空間を求めた。しかし日本家屋には同じ場所での場面転換というスゴワザがある。特定の考えにとらわれることなく、どんな事態にも滞りなく対応できることを融通無碍(ゆうずうむげ)という。これこそ日本家屋の特質だと思う。
 融通無碍の空間に日本の住まいの美意識がただよう。
後編につづく Copyright © 2020 野平洋次 )
「押入で座敷が活きる ----- みゆき設計 吉川 みゆき ----- 」

押入で座敷が活きる
 4.5帖の和室に引戸3枚からなる壁一面の押入を設けました。向かって右側の引戸2枚分が通常の押入スペース、左側がハンガーパイプを備え付けたクローゼットスペースになっています。3枚の引戸を全てクローゼット側に引き寄せると押入がフルオープンになるため、布団などの大きな物の出し入れに便利です。クローゼットスペ-スは押入と同じ奥行きとなっているため、収納量を増やし利便性を高める方法をご検討をして頂くきました。具体的にはハンガーパイプを前後に2本取付る方法とL字型に取り付ける方法などが考えられますが、お施主様はL字型を選択されバッグやベルト掛けのスペースにもなりました。小物を含めより多くの収納物を見える化できる押入は、多用途に利用できる和室同様に効果的だと考えます。押入の活用によって4.5帖という限られた空間が実際の広さ以上にすっきりとした生活環境を生みだします。

設計担当:みゆき設計 吉川 みゆき

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