美しい日本の住まい
襖 (後編)
「襖は舞台装置である ----- 野平洋次 ----- 」
 大地の上に高床を張り、その上に屋根を架ける。その屋根の下にある空間が融通無碍に変化するのが日本建築の特色の一つだと筆者は考えている。
 柱と柱の間に敷居・鴨居を差し込み、襖を建て込み、開閉自在な室内空間ができる。閉鎖的な奥座敷に入り込むためには何枚もの襖を開けなければならない。
 大広間の内壁となる襖は、障壁画の大画面でもある。室町時代に書院造りが生まれ障壁画も生まれた。狩野派、長谷川派、土佐派などの職業絵師が江戸時代に活躍した。絵師が腕を振るう障壁画は国宝にもなる一級の美術品である。近年でも寺院の襖に有名画家が斬新な襖絵を描いている。その場にふさわしい舞台をつくる背景画である。
 一般住宅でも襖はインテリアだ。和室の押入れの襖の表面にどのような襖紙を貼るかが、重要なデザイン要素となる。続き間を仕切る襖ともなるとますますデザイン性が求められる。
 襖紙は唐紙(からかみ)とも言われる。
 唐紙は文字通り奈良時代に唐から渡来した。雲母を混ぜた膠(にかわ)で摺り付けた紋様のある紙であるが、それを模して和紙に紋様を付けた。主に襖紙として使われ「からかみ」と呼ばれた。「京からかみ」「江戸からかみ」の2系統が今に伝わる。
 もう50年も前のことだが、日本の住まいを彩る伝統工芸を訪ねる旅を企画した。指導は清水一先生ということで、京都では大仏瓦・川島織物・唐紙を見学させてもらった。「京都からかみ」といえば創業400年という唐紙屋「唐長」がある。その当主から板木(はんぎ)で紋様を摺っていく工程を見せてもらい、話をうかがった。「あの板木蔵には未整理だが600種類の板木が残っている」という言葉がズシンと響いた。紋様デザインの宝庫が目の前にあった。最も古い1792年の板木には唐紙屋長右衛門、彫師平八と墨書されているということを、後に「唐長の京からかみ」(和風建築社編,1994,学芸出版社)で知った。この本には300種類の紋様図版が収録されている。「桜の花散らし・月影の松竹梅・さざ波・ひょうたん唐草・紅葉づくし・雪花散らし」など紋様の名称も魅力的である。四季折々の花・鳥・風・月をモチーフにした紋だけでなく、亀甲・ひし形・市松などの幾何学紋もある。これらは御所関係・茶方好み・寺社好み・武家好み・町家好みと分類されている。
 町家好みの種類は豊富で、部屋ごとに使い分けた唐紙は、色・和紙のテクスチュア・紋様が織りなして、生活空間を豊かに彩ってきた。
 襖は多様化する。
 襖の表面に布地を貼れば洋風の室内にも調和する。引き戸であり襖でもある「戸襖(とぶすま)」は、片面が布地、反対面は和紙で仕上げる。
 欄間をなくして天井までの高さの襖にしてしまえば、軽くてデザイン性のある可動間仕切りとなり、見事な場面転換を見せてくれる。
 襖の規格は3尺巾であるが、近代数寄屋などでは4尺5寸と大幅にして流動する内部空間を演出している。
 襖の寸法や上貼りの材質が多様化することで、襖は変幻自在な可動間仕切りとなる。襖そのものを取り外して夏物の簾(すだれ)に取り替えることもできる。襖とともに柱も取り外して大広間とする民家を宮城県村田町で見た。
 このように襖はまるで映画のセットのように展開する。
 日本家屋のインテリアの歴史に、襖は重要な位置を占めている。
前編を見る Copyright © 2020 野平洋次 )
「襖は舞台装置である ----- HAN 環境・建築設計事務所 冨田享祐 ----- 」
2010年秋 京都の桂離宮を訪れた時に撮影した写真
襖越しに美しい庭を望む風景

松琴邸
白紙とそれを藍で染めた紙を市松模様に貼り合わせた襖。桂離宮を代表する有名なデザイン

笑意軒
襖に付けられた櫂形引手。舟遊びの出発点であったことから舟の櫂を象っている
月波楼
唐紙に紅葉が描かれたデザイン。庭の紅葉が美しい
HAN 環境・建築設計事務所 冨田享祐

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