美しい日本の住まい
天井 (後編)
「真っ当な仕事 ----- 野平洋次 ----- 」
 屋根裏を室内から眺める化粧小屋裏がある。構造美を見せつけるものではあるが室内の防塵・断熱・吸音を考えると、天井で部屋の上部を覆うことは必要である。
 和室の天井仕上げとなれば、竿縁天井のほか突きつけ・目透かし・敷目板張り天井などがある。照明器具を天井に埋め込んだ光天井もあり、昨今ではさまざまな模様のある紙をぺたぺた貼る天井も現れている。素材が際立つ。
 しかし昔ながらの和室天井といえば竿縁天井だろう。
 角材(竿縁)を並べ、それに直行する形で板を載せたのが竿縁天井である。竿は部屋の四方の壁の上端部にある回り縁(まわりぶち)に取り付けられる。天井板は各地で製材され流通しているものである。普通の人の普通の家の天井は竿縁だった。
 ある時、全面改装をしたマンション見学で「この竿縁天井は心地よい」という筆者に、物知りの友人からこれはダメという反論がきた。竿縁が正面の飾り棚に向かって直角に並べられているから、床の間を背に座る主人に竿縁が突き刺さるいわゆる切腹天井の形式となり、様式的に不可というのである。
 竿縁天井の約束事を「納まり詳細図集木造編」(理工学社1972年、68刷りが2019年オーム社より再販されている)ではつぎのように整理している。
 a 床の間のある部屋は、床の間と平行に竿縁を入れる。
 b 床の間のない部屋は、主な出入り口に平行に竿縁を入れる。
 c 廊下の天井は、長手方向に竿縁を入れる。
 上記和室の天井をaと見るかbと見るかが評価の分かれ目である。飾り棚を床の間と見立てるとaの原則いわゆる切腹天井である。しかしこの和室の形状ではどう見てもbの原則が妥当だという思いは消えなかった。
 毎日天井を眺めているうちに、もっと面白い天井の景色が見たくなる。杉板の材色には、赤身・白太・源平(白太混じり)がある。木目にも柾目・中杢の違いがあり室内の格調をつくる。さらには木目の美しい屋久杉・霧島杉・黒部杉・秋田杉などの銘木は、それらを吟味し取捨選択する贅沢となり家造りをする楽しみとなる。
 いい材料には、それに見合った手間をかけるのが職人気質である。天井を見上げた時、竿縁が細く見えるように猿の頬のような角度をつけて仕上げる猿頬(えてぼう)にする。長い竿縁の材をつなぐ継手には、下からはつなぎ目が見えないようにイスカ継ぎ、宮島継ぎにする。
 天井板を並べるについても、接続面がわずかばかり重なり合う羽重ね(はねがさね)とするが、天井板は乾燥すると隙間ができる。重ねた場所に隙間ができないよう稲子(いなご)と呼ばれる止め具を取り付ける。天井裏に上がってみればまさしく野原に点在するイナゴのような留め具がある。稲子には手間のかかる本稲子から簡略した付け稲子・竹稲子・稲子釘まである。部屋を広く見せるために天井の中央を釣り木と釣り金物で少し釣り上げておく。竿縁は柱の寸法の0.25または0.3倍の寸法とするなど木割寸法がある。
 たかが天井にこの騒ぎである。
 和風住宅は木の文化として受け継がれてきた。どこにでもある材木で、職人が手間をかけて組み合わせた竿縁天井は木造住宅の華であった。
 その竿縁天井が馴染む建築は、もはや文化財級の和風建築で味わうほかはなくなりつつある。
 和風建築技術の継承で、現在群を抜いた実績を残している水澤工務店(東京都)のホームページに「木造伝統技術の素晴らしさは、無垢の木を生かす技術から生まれている。見た目がよく、安く効率よく造る今日的技術では技術面での継承は無くなるだろう。」というコメントがあった。
 長い年月をかけて試行錯誤を繰り返し洗練されてきた構法は、持続可能な家づくりに欠かせない知恵と技術を持っている。
 手間を惜しまない真っ当な仕事を竿縁天井が思い出させてくれた。
前編を見る Copyright © 2020 野平洋次 )
「真っ当な仕事 ----- HAN環境・建築設計事務所 ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「野方の家」

「野方の家」天井の実例
野方の家では手間を惜しまない伝統的な竿縁天井とは異なるが断熱や気密性能、設備の点検維持に配慮、持続可能な家づくりに合った天井構成を採用している。

内土間と連続する杉材パーゴラで覆われた外土間空間
外土間とデザインが連続する内土間の天井。気密シートを押さえる調湿面材モイスの継目を隠す為、杉押縁をフィニッシュで固定。上部にバルコニーがあり、断熱と気密性能を担保する構成となっている。
土間とつながる畳室。上部に浴室などの水廻りがある為、モイス材及び杉押縁を真鍮ビスで固定し配管の維持点検を可能にしている。
設計担当:HAN環境・建築設計事務所

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