美しい日本の住まい
玄関 (後編)
「内と外をつなぐ ----- 野平洋次 ----- 」
 住まいの近代化では、旧来の格式張った住まい方が標的となった。庶民住宅・モダンリビングには、形式的な床の間や厳めしい玄関や門は無用のものとされた。
 しかし住居への出入り口は必要不可欠である。
 1958年に主婦の友社から「住宅全書」(全987頁)が出され爆発的な売れ行きをみせた。戦後復興から高度成長に向かう日本で住宅産業が急成長した頃である。
 この住宅全書は「生活する場所の作り方と住まい方」を掲げ、一番最初に「出入りする場所」があげられている。
 玄関は社会と個人の接点であると考えたとき意味ある場所となる、訪問者に対してそこに住む人の性格や心構えを最初に感じさせるものである、と同書にある。広さと同時に、出入り口の戸の位置と開き勝手、履物入れ、廊下や奥の部屋との関係が大切。子供の為に内玄関を設けると大人の世界と区別できる、とも書いてある。
 建築専門誌「新建築」1965年1月号に木造住宅を増改築したS邸が掲載されている。その門と玄関に筆者は強く惹かれた。新築の住宅作品が華々しく紹介される専門誌の中で、古い木造住宅を増改築し家の可変性を示したという建築家の問題提起に注目した。
 住宅街の路地に面した人の背丈ほどのS邸の塀は、モルタルリシン掻き落とし仕上げで笠木は素焼きの黒タイル。門柱はなく、門扉は塀と同じ高さで栗材オイルステイン引き分け戸。門扉の先2.7mに玄関がある。玄関ポーチはタイル張り。主屋根が玄関ポーチの軒先まで伸びている。軒先の瓦は一文字葺き。軒樋は銅板の角樋。
 親しみやすい、近かづきやすい雰囲気の出入り口だが、品格と端正さがある。日本の民芸風・民家風を感じ取った。
 S邸の設計者は筆者の恩師清水一。住み慣れた実家を人生の晩年に増改築したものだった。玄関を入ると玄関ポーチとほぼ同じ広さで床材も同じ。1間の開口を持つ出入り口は内開きの玄関扉(栗材縁甲板貼り)で来るものを迎え入れてくれる。家のたたずまいを醸し出す内と外を結ぶ玄関だった。
 日本文化に深い造詣を持ち日本の民家を研究した建築家達(清水一・大熊喜英・加倉井昭夫・宮川英二・安田与佐など)の住宅設計は、民芸風・民家風住宅と呼ばれ一派をなしていた。
 もともと農村民家の出入り口には玄関などない。障子と板戸のついた表口を開ければ、土間があり竃(かまど)のある台所まで続いている。町屋にしても表口は屋内の通り庭に通じている。外から屋内に通じる出入り口には大仰な構えはない。
 「向こう三軒両隣」という近所付き合いがある。「遠い親戚より近くの他人」ともいう。垣根を介して、あるいは家の前の通りでの日常的交流で人間関係が豊かになる。「屋敷を買うな隣人を買え」とも言う。
 「夕涼し 犬など門に 出ておりて」は、前出の恩師清水一の句だが、空調機などなかった時代、夏の夕涼みは縁台など出して風に吹かれることだった。町内で隣人たちが愛犬ともども路地に出でそろってひとときを過ごした。
 伝統的建築物が並ぶ街並みではバッタリ床几(しょうぎ)(揚げ床几)が残っている。玄関脇にある折りたたみできる縁台だが、玄関周りに人が集まる場所となった。
 玄関にゆったりスペースをとって、入った玄関土間の脇にもう一つの上り口をつくり、日常的に家族が出入りする内玄関がある。履物や屋外で使用する道具などを収納する場所、また土間を広くして椅子などを置き接客の場所とする例もある。
 一般住宅にあっては格式のある接客空間としての玄関はもはや排除されたようだ。合理的に機能的に住むことを優先してきたモダンな住まいは、玄妙なる関門を捨て去った。
 内と外をつなぐ住居の出入り口をどのようにしつらえ使いこなすかは、住み手の力量なのかもしれない。玄関には住み人の個性が現れる。
前編を見る Copyright © 2021 野平洋次 )
「内と外をつなぐ ----- HAN環境・築設計事務所 松田毅紀 ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「玄関土間ワークスペースのある家」

玄関土間ワークスペースのある家(たまプラーザの家)
 南北両面道路に挟まれた2世帯住宅である[たまプラーザの家]は、南北両方に玄関を 計画しています。
 主要な道路に面している北側玄関は、両世帯共用のフォーマルな玄関。
 南側駐車場に入り口のある小世帯玄関は、土間ワークスペースをもつカジュアルな玄関で2階戸世帯への階段もあります。
 引き戸を開け放つ事により南北玄関つながり通り抜けが出来ます。

設計担当:HAN環境・築設計事務所 松田毅紀

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