美しい日本の住まい
納戸 (前編)
「塗籠 ----- 野平洋次 ----- 」
 ある時、押入と納戸はどちらが古い、という質問がきた。押入はそんなに古いものではないのではと思いつつも確かなエビデンスを持っているわけではないので、逆に「なぜそのような疑問を持った?」と質問した。プロとして住宅設計の仕事に就いたばかりの質問者は、住居内の収納場所として押入から発展したものが納戸、という印象を持っていたが上司から納戸は昔からある、と一括され自分の無知をからかわれた悔しさで質問してきたという。
 ならばその悔しさは共有しなければ、納戸・押入が気になる若者と「日本建築史図集」などから納戸・押入らしきものを探してみる事にした。
 平安時代、藤原氏歴代の邸宅東三条殿に2間四方の空間を壁と扉で仕切った「塗籠」がある。中世の住宅仏地院では、これも2間四方の「内」という壁2面を土壁に塗り込めた部屋がある。秀吉の京都の住まい聚落第の中心部に「納戸」がある。江戸時代を見てみると、町の惣年寄りの家である奈良県今井町の今西家(当初に現存)や、網元の家である千葉県九十九里町の作田家(日本民家園に移築)には、居室に囲まれた家の中心部に「なんど」がある。
 しかし押入らしいものはどこにも見つけ出せない。
 現存する日本最古の民家は、箱木千年家住宅で室町時代に建てられたと推定されている。兵庫県の地侍の屋敷で、幾度も模様替えをしながら1977年まで住いとして使われていた。当地にダムができ水没の場所となったため解体移築した。そのときの調査記録で解体前を見ると、奥座敷の隣りに「奥納戸」、中の間の隣りに「口納戸」がある。江戸時代当時の復元図にもナンドがある。
 どうやら納戸の方が古くからある名称のようだ。
 ではその納戸はどのように使われていたのだろう。
 ということで、質問者の目が光ってきた。納戸が単なる物入れではないことに気づいたのである。筆者はむしろ押入がいつの時代に成立したかに興味があったのだが。
 住まい方の歴史をたどるとなると、もはや文献しかない。映像記録が残るのは幕末以降だから、近世・中世・古代とさかのぼるとなるとまずは古文書が読めなければならない。筆者が学生時代に日本建築史の講義を受けた中村雄三先生は、中途退職して古文書を学ぶために国文学科に行ってしまった。その後大工道具史の研究者として知られるようになった。
 何度かこのコラムに登場する清水一先生は、古代の絵巻物から食台・桶(おけ)・火鉢・蚊帳(かや)・鏡・布団(ふとん)・燭台(しょくだい)・障子・井戸端・雪隠(せっちん)などを採集していた。
 このような作業は浅学非才な我々の及ぶところではない、ということで質問者と筆者の意見は一致した。そして面白くなった勢いでさらに手元の文献をめくった。
 民族学者宮本常一「日本人のすまいー生きる場のかたちとその変遷」農文協2007)のなかで、次のような見解を見つけた。
 『障子・襖・板戸をはずせば広間になる開放的な日本のすまいにも閉鎖的な部屋があった。12世紀頃から発達したもので入口だけが戸で回りは板壁や土壁で囲い、寝室とした。これは書院の座敷飾りのひとつである帳台構えに通じる。また武家屋敷でも回りを土で塗り籠めた安全な部屋が求められた。そこは着物や家財をしまう所でもあった。家財が多いと蔵をつくった。一般の人のすまいではこのような部屋を納戸といった。西日本では一家の戸主が寝る部屋が納戸である。』
 なるほど、納戸は収納場所であると同時に寝室でもあったわけだ。筆者の生家は福岡県だが、奥座敷に続く土壁に囲われた部屋は納戸と呼ばれ父親の寝室となっていた。そしてその部屋には箪笥がおかれるとともに押入がついていた。
 開放的な日本家屋というが、塗籠られた閉鎖的な場所が1箇所ある。それが納戸なのだ。
 平安時代の寝殿造りでは母屋の端に「塗籠」と呼ばれる壁で囲われた部屋があり寝るための帳台が置かれていた。帳台とは台の4隅に柱を立て周囲に布をたらした組み立て式寝室のこととされている。宮中ではこの部屋のことを「夜御殿(よるのおとど)」と呼ぶ。これは平安時代の物語で確認できる。「お納戸色」とはねずみ色がかった藍色のことだというが、塗籠の壁の色であろうか。
 このようなことがわかって冒頭の質問者は、納戸が寝室であったことを知らないはずの上司の鼻をあかしてやる、と息巻いて帰った。
後編につづく Copyright © 2021 野平洋次 )
「塗籠 ----- 有限会社みゆき設計 吉川みゆき ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「納戸のアレンジ」

 建築基準法には居室の採光や換気の規定があります。この規定を満たす場合は「洋室、居間」などの居室として表記できますが、規定を満たさない場合は継続利用しない室として「納戸、押入」などの表記をすることになっています。そのため、「納戸」は収納スペースと認識されるようになりました。
 近年「納戸、押入」は「ウォークインクローゼット」と表記されることが多く、各洋室に付帯して設けることによって、室内に置く家具を減らしシンプルで安全なライフスタイルに変化しています。
 神奈川県にあります住宅の2階「寝室」の納戸(ウォークインクローゼット)ご紹介します。
 平面図をご覧頂きますと、回廊のようなベランダに囲まれた「寝室」に専用の「ウォークインクローゼット」が設けられています。大量の物品を分類して収納し、一目で見つけられるようにレイアウトしています。納戸やウォークインクローゼットの欠点とも言えるホコリ対策として扉を設けました。
 また、その一部には、こっそりこもれる「書斎コーナー」があります。

Aから見た「書斎」コーナーです。
Bから見た「ウォークインクローゼット」の扉オープン状況です。
Bから見た「ウォークインクローゼット」の扉クローズ状況です。
野平洋次先生ご執筆にあります「塗籠」の資料が風俗博物館HP貴族の生活にありましたので掲載いたします。
風俗博物館リンク先:https://www.iz2.or.jp/kizoku/index2.html
設計担当:有限会社みゆき設計 吉川みゆき

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