美しい日本の住まい
蔵 (前編)
「塗家 ----- 野平洋次 ----- 」
 美しい蔵といえば真っ先に岩手県南部、宮城県北部に広がる気仙地方の蔵をあげる。岩手県陸前高田を拠点にする気仙大工の仕事の足跡である。名工として名高い気仙大工は江戸時代は伊達藩の仕事を支え、明治時代には陸前高田には千人を超える大工が、平成になっても数百人の大工がいた。
 筆者はこの大工集団のことを、東北各地を渡り歩いた、出稼ぎに行った、旅先の仕事場は「わらじ脱ぎ場」と呼ばれた、などと書いて当地の御大からお叱りを受けたことがある。出稼ぎとは何事か、気仙大工は船大工の技も関西の伝統ある技も習得した誇りある大工集団なのだと。
 気仙の大工と左官職人が作った蔵には特徴がある。外壁の四隅の角が腰壁よりせり上がっている。漆喰壁の角を海鼠壁で養生しているのが意匠となっている。置屋根の軒の出、白い漆喰が眩しい塗り壁、地面から立ち上がる黒瓦の目地に白い模様の腰壁、この3つの部位のプロポーションがまた絶妙。
 このような蔵が陸前高田の市中のいたるところにあった。そこに東日本大震災である。風雨にも火事にも強かった蔵が津波で壊された。しかし陸前高田の高台にあった気仙大工左官伝承館は残った。
 この伝承館でアメリカから来たという日本建築を研究している若者と偶然出会った。囲炉裏端で興奮して質問攻めにする若者の顔を思い出す。
 蔵は木骨土壁で昔ながらのものだ。いつ頃からその様式が確立したのかはまだ不勉強である。
 大工技能を伝えるために出版された「普通木工術」(明治32年文部省)に、土蔵の項が7ページにわたっている。技術情報を拾い出してみよう。1尺約30cmで換算してみてほしい。
・土蔵はもっぱら火災を防ぐ構造にし切妻造りを常とす。
・桁行3間、梁間2間
・地上土台下1.5〜2尺は布石にて畳み、外壁壁腰には腰巻を用う
・柱の穴に木舞竹を取り付け、縦木舞と横木舞とを相緊束する
・柱の上端は二重ほぞとなして合掌梁及び桁にほぞ差しする
・梁の上端は地棟梁の上に置いて相欠き且つ抱き合わせしめ
・地棟の両端は天秤梁りの上において蟻付き渡り腮(あご)を用ひしむ
・野地は軒を省き垂木を桁上に止めて屋根板を張り土居葺を施す
などと図を添えて解説されている。
 さらに部位部材の寸法が26箇所について示されている。
 蔵造りの骨組みは木造で、屋根と壁を土で塗り籠めてある。上記木工術で示されている蔵の屋根は土を置いた上に瓦を乗せ軒先は出さないで塗り込めている。
 気仙の蔵の屋根は土で塗り込めた屋根面の上にさらに瓦葺きの置屋根が架けてある。様々なやり方で各地各様に美しい蔵の意匠が生み出され伝承されている。
 日本建築の特質の一つに増改築や解体の技術とともに、建物をそのまま移動させる曳家の技術がある。
 建物を基礎から切り離し、浮かせて線路の上をコロで移動させる。移転場所まで線路を作り、その上を建物が傾かないように細心の注意をはらって共同作業で100トンもある蔵を動かすのだ。
 富山県にこの曵屋を家業とする亡き友人の自慢話はいつも、何キロ動かした、何トン曳いただった。この地方では曳屋職人のことを算段師と言う。A地点からB地点へ、高低差を乗り越えて建物を壊さないように動かすには、やりくり算段どころか、細部にわたる綿密な算段が必要なのである。一番肝要なのは、職人皆が呼吸を合わせて仕事をすること、一人でも気を緩めると、施主から預った建物を破壊するはリスクの請負仕事である。緊張感あふれる話をしてくれた友人はもう逝ってしまったが、富山県砺波平野の散居村を見るたびに算段師を思い出す。
 各地に作ったものを大事に使いつないでいでいくことを教えてくれる蔵の物語がある。
後編につづく Copyright © 2021 野平洋次 )
「塗家 ----- 坪井当貴建築設計事務所 坪井当貴 ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「しっくい外壁の家」

 「しっくい塗りを外壁に」
 昨今の日本の住まいの外壁には、サイディングと呼ばれる工業製品が使われることが多くなりましたが、私たちは可能な限り、本物の材質を使った家づくりをすすめていきたいと考えています。今回ご紹介するのは、外壁にしっくい塗りを採用した家です。
 しっくいの原料は石灰で、熱や湿気に強く、建物を保護するには大変優れた性能をもっています。日本古来から、住まいや蔵などの耐久性を求める建物によく使われてきました。気候、風土に適した「しっくい」は、日本のみならず、実は世界中で今も使われれいます。本物が使われている建築、本物がつくり出す街並みに「美しさ」が宿るのではないかと思っています。住まい手はもちろん、その街に住む人、後々の世代にとって1つの建物を通じて、何か伝えられるとよいのではないかと思うのです。

設計担当:坪井当貴建築設計事務所 坪井当貴

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