美しい日本の住まい
大黒柱 (前編)
「総持ちの構造 ----- 野平洋次 ----- 」
 床の間・火炉・畳・土間と続いたこの連載を振り返えってみれば、建物の各部要素を組み合わせる総体システムについて触れていないことに気がついた。部分が先か総体が先かという議論ではなく、総体についても目配りをしておかなければという反省である。
 そういうわけで今回は大黒柱がテーマである。
「一家の大黒柱という意味は知っているが、大黒柱そのものは見たことがない」という人が今や大半かもしれない。なのにあえて登場させてみた。さて連載をコラボしている研究会メンバーが選ぶ「大黒柱」の写真が楽しみである。
 若い頃、新潟県岩船郡関川村にある渡辺家住宅を見学した。国の重要文化財になっている江戸時代の豪商の家である。母屋に入ると通り抜けの広い土間があり、土間に面して囲炉裏(いろり)を切った茶の間や畳の間がある。土間と畳の間は開放されているが、境目にある一本の柱に目が止まる。これは大黒柱という解説がある。この柱に支えられた大きな屋根の下で、我々30名ほどの団体見学者は小さな存在だった。
 大黒柱といえば、やはり飛騨高山の吉島家や日下部家が思い浮かぶ。家屋の骨組みは圧巻である。「家の中央部にあり、土間・表・内の三合に当たる特別に太い柱。大極柱。亭主柱。」と辞書にあるとおりの柱である。見上げれば縦横に横架材が飛び交い大屋根を支えている。この架構の中心に堂々と立っているのが大黒柱。縦長断面の大きな「差し鴨居」が四方から差し込まれてもビクともせずに受け止めて、仁王立ちしている。
ところで大黒柱はどれくらいの重さに耐えられるのだろうか。これについては建築学生時代に木材圧縮強度試験を構造実験室で見せられた記憶がある。木造住宅で広く使われている1辺105mmの杉の角材木片が試験体だった。「3t用意!」という掛け声で試験機が角材の上からゆっくり圧力をかけ始めた。その重さにこの杉の角材木片は割れることもヒビがはいることもなく耐えた。「どうだ、杉の柱は1本で3tの荷重を支えることができるのだぞ」と言った得意満面の教師の顔を思い出す。
 これが240mm角の大黒柱であってみれば、しかもスギよりも強いクリやケヤキであれば、その支える力は数倍になる。大屋根大架構を支えるには十分な耐力を持っている。
 古民家では、大黒柱をはじめ柱は地面に据えられた石の上に立てられている。この柱の足元に「足固め貫」という横材が貫き通される。これは「石場建て」といわれる方法で、現代の木造住宅の柱が土台の上に立てられる方法とは異なる。太い柱は石場建ての方が地震に強いという報告もある。
 そこで大黒柱・石場建てによる架構法を「伝統木造軸組構法」と言い改めて、筋交いや補強金物、耐震壁で合理化した近代の木造住宅と区別している。
 伝統木造軸組構法は、大黒柱・管柱・隅柱・下屋柱などの垂直材と、足固め・大引・貫・梁・桁などの横架材で、縦・横・高さの3軸を組むシステムである。それぞれの軸部線材の接合方法として、長さを継ぎ足す継手(つぎて)、受けた力をほかの部材に伝える仕口(しぐち)、という伝統的な木造技術がある。これはすでに安土桃山時代までには完成していた技術である。
 このシステムは部材の種類が多く寸法も異なることから材料加工や組み立てに手間と時間がかかることが問題なのだが、全部の部材が一体となって屋根を支え地震や台風に耐えるという特色がある。つまりそれぞれの部材が役割を持ち、幾重にも支え支えられる関係ができる。そこでこの木造軸組は「総持ち」と言われ、全体として有機的な構造体を形成する。五重塔がいい例だ。末端の一箇所の欠損が全体の調和を乱し破壊につながる。大黒柱を核として部分が和して一体となる総持ちでなければならない。
 日本在来の総持ち構造体の美は、構成する部材の加工と結合の技術として受け継がれている。無駄のない木組みの構造美は日本の住まいの美的要素のひとつである。
Copyright © 2019 野平洋次 )
「総持ちの構造美 ----- 有限会社みゆき設計 吉川みゆき ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「大黒柱のある家」
「調布の家」
 林に囲まれた和風住宅のリビングルームです。
 昨今まれにみる家父長制を保ち絶対的な権限を有するお父様は、常々「柱は家の要であるから、いい材料を選びたい。」と語っておられました。プラン(平面計画)が概ね決まったある日のこと。家父長自ら木場に出向きケヤキの9寸(270mm)角、長さ7mの貴重で上等な大黒柱を4本購入されて「これを我が家に使って下さい。」と要望されました。
 重量約300kg/本の大黒柱は、工事現場に運送され宮大工さんを含む大工さん達によって長さ・継ぎ手・仕口の加工が施されその他の桧柱と共に組み上げられました。
 大黒柱の存在感は、家父長を連想させます。
設計担当:有限会社みゆき設計 吉川みゆき

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