美しい日本の住まい
長押 (後編)
「様式の記号 ----- 野平洋次 ----- 」
 今や長押といえば内法長押のことを意味する。
 在来の木造住宅では、長押は鴨居の上に乗せて部屋の四方に内法高さで取り付けられる。その長押には、団扇(うちわ)が挟み込まれたり、夏の蚊帳の吊り具金物が引っ掛けられたり、時には衣紋掛、ハンガー掛けに使われたりした。
 ある家では座敷の長押に、ご先祖の遺影が並べてあった。またある家では所蔵する書画を飾る場所となっていた。
 日本建築で内法材が重要なのは建具が重要だからである。内法高さは室内の基準寸法のひとつであり、内法造作材(敷居・鴨居・長押)の寸法・形状は室空間を演出する重要な要素となる。
 長押の成(せい)(幅)は、柱の寸法の6、7割で柱と同じ種類の材木を使う。長押の胸の出(柱面からの出っ張り)は10mm程度である。長押の下は面取りをする。
 しかし住まいの近代化、工業生産化とともに普通の住宅ではこのような長押が見られなくなる。そして簡素な構成美が求められるようになると装飾材としての長押はわずらわしいものとなり、取り付けることを嫌う設計者が増えた。
 長押や天井回縁などを取り外し、できるだけ室内に現れる線を少なくした構成が近現代の和室の好みとなる。饒舌な部材構成は合理性を目指す近代建築にはふさわしくなかった。
 ということで、長押のある意匠が前時代的で全く発展性のないデザインであるかというとそうともいいきれない。
 ここで筆者は吉田五十八設計の大広間を思い起こしている。数寄屋造りの大広間である。磨き丸太の竿縁(さおぶち)で天井板を支え、面皮(めんかわ)の天井長押と内法長押がある。杉の木の肌合いと丸みを帯びた線で構成された大広間の壁面と対面したときに即座に「粋(いき)」と感じた。その時の印象は言葉では表現しきれないが新鮮な感覚だった。
 伝統構法による書院造り・数寄屋造りなどでは長押の取り付けの妙が競われ、日本建築に欠かせない化粧材としても重要である。
 材料も良材が選ばれ、杉の糸柾・杉磨き丸太の半割り・杉面皮の半割り・赤松の大面取りなどが用いられる。
 長押は鴨居に釘打ちとしその釘の頭を隠す釘隠の彫金は伝統工芸品である。
 隅柱に直角に取り付く長押の納まり、床柱と長押の取り合いの仕口など、繊細で高度な大工仕事が求められる。
 このような長押が作り出す内法材の納まりは真・行・草の三様式で説明されることがある。辞書には、「真」は正格、「草」は崩した風雅の型、「行」はその中間を示す、とある。この「真行草」の概念は、書道・華道・茶道・能・狂言・俳諧・作庭などの日本の伝統文化に共通する。
 長押を真行草の形態でみると、「真」は、角柱に本長押をつけ床柱との取り合いは枕捌き(まくらさばき)(巻裏捌き)とする。装飾的な釘隠があり、長押の上部に長押蓋をつける。「行」は、磨き丸太や面皮の長押で床柱との取り合いは片捌きとする。「草」は、長押と床柱との取り合いは雛留(ひなとめ)とする。
 つまり長押の有り様でその部屋のデザイン様式が示される。様式の記号となるのが長押の姿だともいえる。
 和室については、「真」は書院造、「行」は数寄屋、「草」は草庵などと解釈することがある。「真行草」について小瀬昌史(「日本の伝統芸能における型論—真・行・草—」2004)では、「基本的な構造・型を自覚的に変更し新しい型を創出していくデザイン手法」と結論づけている。
 伝統の工法を時代に適応させ、新しいデザインを創出するために、在来の様式を「真行草」として学習する意義を長押から考えさせられた。
前編を見る Copyright © 2020 野平洋次 )
「様式の記号 ----- HAN環境・建築設計事務所 南澤圭祐 ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「久地の家」
「久地の家」は、ご実家を建替えセカンドライフを楽しむ平屋の住まいです。
リビングダイニングは、冬の光を部屋の奥まで取り込むために片流れの天井の高い空間としました。
ただし、天井が高いと空間の落ち着きが無くなるため、水平を強調した「長押」を取付け落ち着いた空間になるよう配慮しています。
従来の「長押」の機能だけでなく「間接照明」としての機能も合わせ持っています。

設計担当:HAN環境・建築設計事務所 南澤圭祐

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