美しい日本の住まい
上り口 (前編)
「格式ある式台 ----- 野平洋次 ----- 」
 日本家屋の特徴として高床がある。床に座る起居様式が下足を脱いで上がる生活様式につながる。
 高温多湿の日本列島では、住居を高床にすることが暑さ対策であり、木造建物の腐朽対策であり衛生上も合理的なことであった。
 神社の社殿は高床である。筆者が子どもの頃、氏神様の拝殿の床下が鬼ごっこや隠れん坊の場所だった。この床に上がるのは祭礼の時で、正面に取り付けられた階段があった。出雲大社も伊勢神宮も高床に上がる階段がある。
 住居ではどうか。平安時代の絵巻物(源氏物語絵巻など)を図鑑で広げてみてみた。寝殿造りも高床で縁側がついている。公家住宅の縁側の一部に階段がある。縁側のような側廊に高欄(手すり)のついたところでは、そこに寄りかかったり装束を懸けてたなびかせたりしている。ところが手すりのない縁側で沓(くつ)を履いたままの公家装束の男が立っているのを見つけた(粉河寺縁起絵巻)。女人が縁側から馬に乗っているようだ。平安時代の住居は縁側が上がり口だったという説に合点する。
 武家屋敷も高床である。格式を重んじた玄関がある。玄関に駕籠(かご)を乗り付ける。現代でいう車寄せだ。駕籠は式台の上に降される。
 新潟県長岡市塚野山にある長谷川家住宅を取材したことがある。
 江戸初期からこの地方の庄屋を勤めた家は、江戸中期に再建され現存している。表玄関から主人や客は座敷にあがる。間口2間、奥行き1間の玄関、まず上がり框の成(せい)(丈)の高さで板を張った5尺(約1.5m)巾の式台があった。この式台からさらに踏段を上がって床の上となる。このような駕籠を置く表玄関の式台(敷台)は、現代も各地に残る豪農屋敷や武家屋敷で見ることができる。
 駕籠での出入りがなくなっても高床式住居であれば、式台や箱台など床に上がる補助装置は必要だった。
 玄関土間に式台を取り付ける。式台は厚板の化粧材で松・杉・欅・桐・楓・栗などの木味を楽しむ場所となる。
 式台は「客を送迎して礼をする所」と辞書にある。日本語源大辞典には「色台=深く頭を下げて礼をすること。会釈すること。礼をつくすこと」とある。
 式台のある玄関は格式のある家の表現として、武家制度が廃止された明治時代以降も上級住宅で見られた。
 玄関を入り立派な式台を目にすると気が引き締まる。栗の木をなぐり仕上げ(表面を手斧で波型に削ったもの)にした式台に素足を置いて、さてここからが家内という気分転換を味わったこともある。
 作業土間(通り庭)と座敷で構成される古民家では、式台といえば土間からの上がり口にある一枚板である。また箱台をおいて階段がわりになっている。
 高床の住居に欠かせないもう一つのシンボルがある。沓脱ぎ石である。上部が扁平なよりすぐられた自然石で、縁側からの上がり口で踏段の役割をする。屋外に据えるから石材がふさわしい。
 沓脱ぎ石を式台のある玄関土間に埋め込むことがある。さる座敷に上がって、履物を沓脱ぎ石の上に置いて床に上がる場合と履物は石の外に置き素足で沓脱ぎ石から上がる場合とがあると聞いて、さてここはどうなのかとあわてたことがあった。
 融通無碍の室内空間は日本建築の特質だが、どこから上がってもよいというのではけじめがつかない。融通無碍は箍(たが)がはずれるとだらしないものとなってしまう。式台や沓脱ぎ石は上り口を示すけじめの記号である。
 床への上り口には時間をかけて洗練されてきた美しさがある。自由な住居デザインがある一方で、生活様式や慣習のもとで洗練されてきた格調高い意匠に住まいの重みを感じる。
後編につづく Copyright © 2021 野平洋次 )
「格式ある式台 ----- 有限会社みゆき設計 吉川みゆき ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「来客用玄関の上框」

 これは来客用の玄関です。玄関内は段差を少なくし、手すりの代用にもなる下駄箱(ケヤキ)を設けてご高齢の方でも上がりやすい上框にしています。広さは8畳程度あります。玄関扉はガラス入りの格子戸を引き分け扉にして 防犯や災害防止用に雨戸が設けられています。
一戸建て住宅は高床のため玄関へのアプローチは階段になります。写真には写っていませんが、階段の右側にはスロープがあり、家族用の玄関へ通じるように計画しています。

設計担当:有限会社みゆき設計 吉川みゆき

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