美しい日本の住まい
火炉 (前編)
「火鉢は優れた移動式火炉だった ----- 野平洋次 ----- 」
 この連載エッセイの掲げる表題は「美しい日本の住まい」とおおげさだが、筆者はその明確な定義を持っていない。なんとも無責任な話だ。しかし求めたいことはある。姿かたちの美しさとは別にある生活のなかでの美、美しいと感じる情景についての想いである。
 そこで今回は「美しい日本の住まい」と掛けて「火鉢」と解く。そのココロはどちらもほっこりした昔話に出てくる。
 火を入れて暖を取るものを火炉という。持ち運びできる道具となったものと、部屋に作り付けたものとがある。暖を取る為のものだから夏場は不要である。そこで「夏炉冬扇」の四文字熟語が生まれる。時期はずれの所を得ない無用な事物のたとえである。この文章もそうならないよう戒めの言葉としてまず「火炉」を受け止めよう。

 平安時代の『枕草子』に「炭を熾して火をもって通う」「火桶の火が白い灰になる」等の記述がある。火桶とは一体どんなカタチのものだったのだろうか。
 清水一著『人の子にねぐらあり』(1954年、文芸春秋社)の「炭火」の項に、へぎ板を曲げて円筒にしたものと、樹木の切り株にまるく穴を掘ったものが示されている。この穴に灰を積んで炭火を置く事ができる。持ち運びもできる。枕草子にある火桶も似たようなものだろうと推測した。
 火桶は火鉢に通じる。
 武家屋敷の冬の夜、奥座敷に重臣達が車座になって集まる。その輪の中心には大きな丸火鉢がある。直径3尺(役90cm)の火鉢には鉄瓶がかけてあり盛んに湯気を出している。まさしく加湿器。火鉢の上部に手をかざして直火で暖まり、さらに温められた陶器の火鉢から輻射熱を発して部屋全体が暖まる。暖を取りながらの談合は国の未来か家族の愚痴か。
   殿様の部屋には、しゃれた足のついた持ち運びができる火鉢がある。大名火鉢ともいわれている。それに片手をかざしながら書物を読む君主がいた。

 宮家に伝えられた火鉢を、福島県翁島の旧高松宮別荘(現在は福島県迎賓館として公開)で見た。
 用人部屋にさまざまな形をした黒檀やケヤキの切り株でつくった火鉢が数個並べてあった。樹心の回りを削り取り火炉に仕立てたもので、炉の周辺の縁は丁度いい手をかざす場所であり、湯呑や小皿の置き場所である。
 いかにも重そうな火鉢は、粗相をして蹴つまずいても転がるような代物ではない。火の用心の為には重くて硬い黒檀などを素材とする必要があった。高価な銘木であるが、製材で残った木端の活用方法である。ともあれ室内の置物、工芸品としても見応えがある贅沢な火鉢にしばし見とれた。

 長火鉢というものがある。小引き出しのついた長方形の箱火鉢。引き出しには生活小物が入っている。箱の上面には火炉と落し蓋がある。落し蓋を開けると硯箱が出てくる。火炉の中心には「五徳」が埋め込まれ、煮物の鍋がおかれている。家主は「十能」で炭をはこんできて「火箸」で炭火を継ぎ足して、灰ならしできれいに火鉢の灰を整えている。脇に「火消し壺」がある。
 落語や時代劇でおなじみの長火鉢の回りで展開する日常生活には、さまざまな道具と人間模様がからんでいる。

 このような火鉢は日本昔話とともに消えていくのかと思いきや、現代にあって火鉢のある田舎暮らしを楽しんでいる人達がいる。マッチで落ち葉に点火し先ず小木から燃やし、そこに炭を置いて火種を作り、これを火鉢に移し炭を継ぎ足して熱源とすることが面白いのだ。なんとなく部屋の中が暖かい感覚がいいなどといっている。「火鉢のある暮らし」を発見し、その暮らし振りを情報発信し仲間づくりをしている。道具を揃え火鉢を囲んでそれぞれの昔話をしている。木造家屋の隙間風は換気に丁度いい。
 木造家屋は火事が一番怖い。木と紙と畳でできた住まいの中で火を使うなどもってのほかなのだが、電気ストーブもヒートポンプも温風機もない時代、火鉢を囲む生活があった。火鉢がつくる人の輪があった。
( つづく Copyright © 2019 野平洋次 )
「火鉢は優れた移動式火炉だった ----- 有限会社みゆき設計 吉川みゆき ----- 」
正しい家づくり研究会会員の「火鉢」
 卓上の電気ポットをONにすると、1分ほどでお湯が沸く。便利だな~と感心する一方で忙しいを言い分けに味わうことを忘れていることに気づく。
 遠い昔、おばあちゃんがお餅や干芋を焼いてくれた記憶か映画かドラマでみた団らん風景が似合う住まいは和風だった。
柔らかく燃える炭をぼんやり眺めたり、炭のはぜる音と鉄瓶の湯が沸く音をBGMに読書したり、癒やしの時間を過ごす住まいは和風に限らず、モダンでシンプルなデザインにもマッチする。
火鉢を囲みゆとりを味わう生活をテーマに住まいを考えてみたい。
担当:有限会社みゆき設計 吉川みゆき

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