美しい日本の住まい
火炉 (後編)
「作り付けの火炉に古美る囲炉裏がある ----- 野平洋次 ----- 」
 火を焚き暖を取る道具を火炉という。
 新築住宅で作り付けの火炉といえば暖炉だろう。大建築家・吉村順三は「建築は火と水と木の詩」といった。日当たりがよく、月見の出来る縁側があり、暖炉をつくり、池をつくり、大地に根をおろす。そんな住宅を目標としていた大建築家の設計する住宅でなくても、暖炉はあこがれの的だ。
 昔のことだが1973年に発売されヒットした楽曲に、小坂明子作詞作曲「あなた」というのがある。彼女のピアノの弾き語りで
  ♪ もしも私が家を建てたなら
  ♪ 小さな家を建てたでしょう
  ♪ 大きな窓と小さなドアと
  ♪ 部屋には古い暖炉があるのよ
 とつづく。この暖炉はどんなイメージだったのだろう。その頃さる建設会社設計部の入社試験でこの曲が流され、ここから発想した住宅を即日設計課題として求められた、と聞いた。面白い入社試験だ。
 ともかく暖炉を設計した建築家は多い。そして仲間内では「あの人の設計した暖炉は燃えないから部屋はススだらけ」などという噂が広まる。火を焚かない室内装飾のような暖炉も確かに見かける。
 炉と言えばもう一つあこがれのものがある。
 和室の炉である。茶道をたしなむ家では冬は火炉、夏は風炉の出番となる。火炉を切る畳の位置には作法がある。そして炉に置かれる炭火の並べ方にも作法が。火遊びはつつしんで行わなければならないのだ。

 民家にある作り付けの火炉は囲炉裏である。「炉」は本来「いろり(囲炉裏)」の意である。そこで、「美しい日本の住まい」とかけて「囲炉裏」と解こう。そのココロは「古美る」。
 囲炉裏の上には、火の粉を防ぎ煙を拡散させるために板や竹でつくった格子状の火棚が天井から吊るされる。煙は室内から屋根裏を巡って木材を乾燥させ虫を駆除する。又この棚の上で穀物を乾燥させたり燻製を作ったりする。鍋や鉄瓶を吊るす自在鉤がある。囲炉裏の回りの道具類は、民具として洗練された用の美をもっている。これらは古くなるほど使い込まれて美しくなる。「古美る」のである。(「古美る」は建築家出江寛氏による表現。)
 囲炉裏は地方によってヒタキ・ジカロなどと呼ばれている。接客の場所となっている土間囲炉裏を東北の民家で経験した。土間から板の間に食い込むように囲炉裏が切ってある。板の間と土間の段差が具合よく腰掛けとなっている。足元の炭火が心地よく話題が弾む。寒い季節の来客には火が一番のもてなしである。
 新潟県の雪深い山里でも囲炉裏を楽しんだことがある。夕食が終わって近所の人も加わって炉端会談となった。漬け物をつまみながら酒が進む。会話も弾む。だれかれとなく火箸で炭火の形を整えたり、灰ならしを使ってみたり、鉄瓶にお湯を差したりする。囲炉裏端はにぎやかな冬の夜の社交場だった。

 火を使うことを覚えて人類は進歩した。生活に欠かせないものであるとともに神聖なものでもあった。火はもてあそんではならない。火の用心は生活の要諦。火炉を使う躾と作法がある。
 しかし現代住宅では、火気厳禁でオール電化が普及している。ゼロエミッションの展開もある。われわれは日常生活で直火を使うことを忘れていくのだろうか。
 寒さの中で暖房機器を操作しながら、マッチと新聞紙で火をおこすことのできない次世代のことをを思った。
( つづく Copyright © 2019 野平洋次 )
「作り付けの火炉に古美る囲炉裏がある ----- 望月大介 ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「囲炉裏」
「伊豆の山荘」
 ここは、老ご夫婦の住まいです。
平面計画は田の字型プラン。中央に囲炉裏を設け灰や炭の代わりに薪ストーブを置きました。囲炉裏端からコミュニケーションが生まれ、薪ストーブを置くことで高い暖房効果が得られ囲炉裏の欠点とも言える煙やすすを屋外に排出できる計画です。
囲炉裏の周囲は縁甲板張りの床であり、梁や束を素材のまま小屋組みとして現したデザインにしています。
設計担当:望月建築アトリエ 望月大介

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