美しい日本の住まい
軒下 (前編)
「軒下に展開する風物詩」
 野平洋次
 秋の風景といえば、軒下に吊るされた柿がある。すだれのように干し柿が並んだ景色で秋を見つけた気分になる。
 風通しのよい軒下は、柿だけではなく収穫物を乾燥させるには好都合な場所である。赤唐辛子・玉ねぎ・とうもろこし・大根など、サケ・タラも軒下に吊るされる。
 軒下の風物詩は童謡の中にも生きている。
「ささのはさ〜らさら 軒端に揺れる」
 すると「ノキバってなに?」という声が聞こえてきた。「ノキのはしっこ!」「ノキってなに?」。縁側に出て庭先に飛び出している屋根裏をみせて「ここ!」。「どこまでが軒端?」「端っこ全部!」「???」
 しようがない。辞書さんに聞いてみよう。
 「屋根の下端の張り出した部分(軒)の最後の部分、中心から一番遠い部分」
 おわかりになりましたでしょうか。
 ついでに「軒」のつく言葉をあげてみよう。
 一軒長屋、といえば一棟でつながっている住居のこと。軒割、といえば戸数に応じて割り当てること。軒並、とは軒を並べて続いている家々の並び。軒合い、とは軒の端から見える空。軒の端は軒先とも。軒先、とは軒の前すなわち家の前の意味もある。  そして軒先に取り付けられているのが軒瓦、ここから落ちてくる雨を受けるのが軒樋。家の外周から軒先までの軒裏・軒板がつくる軒影の空間が軒下である。
 江戸時代の風情を残す古い街並みを歩いてみると、軒下の空間に様々な工夫があることに気づく。中でもコケにシダをあしらった釣り忍(吊り忍)と揚げ縁(バッタリ床几)は定番といってもよい。
 突然雨が降ってきた。とある家の軒下で通りすがりの人が一人、揚げ縁に腰を下ろして身繕いをしている。家の中から当家のご主人が声をかけ、そこに吊るされた釣り忍の話からいつのまにか世間話の花が咲く。調子に乗った見ず知らずの人はやがて母屋に上がりこみ、お茶をご馳走になり長口舌を始めて、家人を困らせる。「軒を貸して母屋をとられる」とはこのことだ。かばってやった者に自分の地位を取られる、ということわざとなる。軒下の空間があればこそのことで、日本家屋には人ひとりがたたずむだけの空間が軒下にあった。  大屋根のある建物に向って歩いて行く時、屋根が見える位置と屋根の見えない位置との間に一線が引かれる。建物に近ずいたある瞬間に軒先は見えても屋根の姿を見失う転換点にさしかかる。そこから先は軒下の領域に入りる。安原盛彦さんが日本建築に特徴的な空間として研究対象としている。正確には軒下ではないので軒内包空間、軒内包領域と呼んでいる。(安原盛彦「日本の建築空間」新風書房,1996)。
 軒内包空間は軒の出がもたらす屋外と屋内の間にある緩衝地帯である。この緩衝地帯をないがしろにしていると屋内すなわち母屋までもが乗っ取られる。
 そんな心配からか魔除け、火除けのためのおまじないを軒先に差し込む習わしや、紅白の布でできた縫いぐるみを家のお守りとしてぶらさげる風習がある。
 新酒ができたと杉の葉で作った丸い玉を酒屋が軒下に吊るす風習もある。地域の祭りとなれば、軒先につける軒提灯が軒並の賑わいをつくる。
 軒下空間から発信される情報が家を彩る。

後編へつづく(Copyright © 2019 野平洋次)


「軒下に展開する風物詩」
 坪井当貴建築設計事務所・一級建築士事務所 坪井当貴
正しい家づくり研究会会員の設計した
「軒下空間のある平屋」
 避暑地として人気の高い軽井沢に建築された平屋の別荘です。
軽井沢には湧き水が育んだ豊かな森があります。森の木々が夏の強い日差しを遮り、適度に保たれた土壌の湿気は生物の体温調整に役立ち、避暑地としても過ごしやすい場所です。軽井沢の建築には古くから上げ床という手法が使われ、建物の基礎や土台を湿気から守り、底上げされた室内と外部をつなぐ場所として軒下や縁側などが活用されてきました。その考え方からこの小さな別荘には4方を囲うように深い軒と縁側空間が配置されています。夏は強い日差しや風雨から建物を守り、冬には積雪によって変わる地面のレベルに床の高さが合うように、その内部と外部をつなぐ緩衝地帯は平屋の伸びやかさを引き立ててくれています。終の住処として建築されたこの別荘は、施主にとって四季を通じて彩のある景色を楽しめる場所となっているようです。
設計担当:坪井当貴建築設計事務所・一級建築士事務所 坪井当貴
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