美しい日本の住まい
天井 (前編)
「基本の型」
野平洋次
野平洋次
今年の夏はコロナ禍と連日の猛暑で自宅にこもる日々、畳に寝転んで竿縁天井を見上げ木目を数えていると、忘れてはいませんか天井を!という声が聞こえてきた。
そこで天井について頭を巡らしているうちに前回「長押」と同様に「真行草」の展開に出会った。
京都大徳寺高桐院の茶室松向軒は、狭い1室の天井が真行草で構成されているというのだ。(加倉井昭夫「日本の室内空間」1968年)松向軒の来歴・画像についてはネット検索で確認願いたいが、細川忠興の作で豊臣秀吉の北野大茶会(1587年)の折に建てたものを、細川家の菩提寺高桐院に移築した(1628年)とある。
かつて大阪転勤した友人に、京都で一番紅葉が綺麗なところを見つけたということで、この高桐院に連れて行かれたことがある。紅葉はともかく細川忠興といえば筆者の生まれ故郷に城を築き、和歌を残した武将で文人。そのお墓のある菩提寺なら是非是非とついて行った。赤く染まった紅葉の庭は感動的で、墓所・茶室松向軒も見学し、近くで食った湯豆腐の記憶も鮮明である。
しかしその時はそこで真行草を見抜く目も知識もなかった。
加倉井は前掲書「天井」の章で高桐院松向軒をとりあげ、定式としての茶室の天井であり破綻のない構成は細川三斎(忠興)好みと記している。
茶会の客はにじり口から上がる。上がった畳が客の席となり、その上の天井は軒から持ち込まれた太い竹の垂木をそのままに見せる「駆け込み(掛け込み)天井」(屋根裏天井ともいう)で「草」の空間。
亭主は台目畳(1畳の3/4の長さ)に居て茶を点てる。その上の天井は一段低くした「落ち天井」で、細い竹竿の上に蒲(がま)を並べた「行」の空間。
床の間の前に1枚の畳がある。この上の天井は白竹の竿縁(さおぶち)(棹縁)を床の間と平行に3本渡して、その上に薄板(へぎ板)を置いた「平天井」となり「真」の空間、とされている。
「真」は約束(規則)どおりの型、「草」は正格(真の型)の崩し、「行」はその中間ということであるが、「草」より入り「真」と対面して「行」のもてなしを受けるとは、なんとも意味深長な構成であることに気がついた。3畳弱(2畳台目)の一室内の天井が「真行草」の世界で展開されている。
このような真・行・草すなわち平天井・落ち天井・駆け込み天井の構成が、茶室の本格であるということなのだ。
筆者の不勉強を白状することになるが、茶室の天井の定式を初めて確認することができた。最近出版された雑誌CONFORT特集「茶室という空間に学ぶ」(2020年2月)を手にすると、茶室のイロハとして天井の真行草が示されていた。本格的に茶室の小宇宙を理解するためには、茶道をたしなまなければならない。
天井は空間の格式を決めるとも、空間の格式が天井の形式を決めるとも言える。
社寺や御殿では、縦横に桟木を組んだ格天井(ごうてんじょう)は真の様式、へぎ板・竹または葦などを編んだ網天井は草の様式、竿縁天井はその中間で行の様式、という解釈がある。
ならば松向軒の竿縁天井を真の天井というのはおかしいと意気込んではいけない。何を主題としての真行草なのかを見極めねばならない。ゆめゆめ「竿縁天井は行の形式」と定式化してはならない。そもそも真行草とは室町時代に座敷飾りの法式に用いられたものだという。
相対的に比較しながら総合的に判断する。「真行草」「松竹梅」「極上・上・並」このような3部構成による序列秩序が日本文化にはある。
創作は真の型を学ぶことから始まる。そのことを理解させるために真行草の格付けがあるともいえる。日本建築を作り上げてきた寸法体系や部材の加工と納まり、材料・部品の使い方の「真」、つまり正統・正格・本格・正規・格率・本式などと言われるものを学んだのち、それを崩していくという創作の作法がある。
素形を崩した形態は、長い時間をかけて洗練され素形を乗り越えてまた新たな型となる。
そこで天井について頭を巡らしているうちに前回「長押」と同様に「真行草」の展開に出会った。
京都大徳寺高桐院の茶室松向軒は、狭い1室の天井が真行草で構成されているというのだ。(加倉井昭夫「日本の室内空間」1968年)松向軒の来歴・画像についてはネット検索で確認願いたいが、細川忠興の作で豊臣秀吉の北野大茶会(1587年)の折に建てたものを、細川家の菩提寺高桐院に移築した(1628年)とある。
かつて大阪転勤した友人に、京都で一番紅葉が綺麗なところを見つけたということで、この高桐院に連れて行かれたことがある。紅葉はともかく細川忠興といえば筆者の生まれ故郷に城を築き、和歌を残した武将で文人。そのお墓のある菩提寺なら是非是非とついて行った。赤く染まった紅葉の庭は感動的で、墓所・茶室松向軒も見学し、近くで食った湯豆腐の記憶も鮮明である。
しかしその時はそこで真行草を見抜く目も知識もなかった。
加倉井は前掲書「天井」の章で高桐院松向軒をとりあげ、定式としての茶室の天井であり破綻のない構成は細川三斎(忠興)好みと記している。
茶会の客はにじり口から上がる。上がった畳が客の席となり、その上の天井は軒から持ち込まれた太い竹の垂木をそのままに見せる「駆け込み(掛け込み)天井」(屋根裏天井ともいう)で「草」の空間。
亭主は台目畳(1畳の3/4の長さ)に居て茶を点てる。その上の天井は一段低くした「落ち天井」で、細い竹竿の上に蒲(がま)を並べた「行」の空間。
床の間の前に1枚の畳がある。この上の天井は白竹の竿縁(さおぶち)(棹縁)を床の間と平行に3本渡して、その上に薄板(へぎ板)を置いた「平天井」となり「真」の空間、とされている。
「真」は約束(規則)どおりの型、「草」は正格(真の型)の崩し、「行」はその中間ということであるが、「草」より入り「真」と対面して「行」のもてなしを受けるとは、なんとも意味深長な構成であることに気がついた。3畳弱(2畳台目)の一室内の天井が「真行草」の世界で展開されている。
このような真・行・草すなわち平天井・落ち天井・駆け込み天井の構成が、茶室の本格であるということなのだ。
筆者の不勉強を白状することになるが、茶室の天井の定式を初めて確認することができた。最近出版された雑誌CONFORT特集「茶室という空間に学ぶ」(2020年2月)を手にすると、茶室のイロハとして天井の真行草が示されていた。本格的に茶室の小宇宙を理解するためには、茶道をたしなまなければならない。
天井は空間の格式を決めるとも、空間の格式が天井の形式を決めるとも言える。
社寺や御殿では、縦横に桟木を組んだ格天井(ごうてんじょう)は真の様式、へぎ板・竹または葦などを編んだ網天井は草の様式、竿縁天井はその中間で行の様式、という解釈がある。
ならば松向軒の竿縁天井を真の天井というのはおかしいと意気込んではいけない。何を主題としての真行草なのかを見極めねばならない。ゆめゆめ「竿縁天井は行の形式」と定式化してはならない。そもそも真行草とは室町時代に座敷飾りの法式に用いられたものだという。
相対的に比較しながら総合的に判断する。「真行草」「松竹梅」「極上・上・並」このような3部構成による序列秩序が日本文化にはある。
創作は真の型を学ぶことから始まる。そのことを理解させるために真行草の格付けがあるともいえる。日本建築を作り上げてきた寸法体系や部材の加工と納まり、材料・部品の使い方の「真」、つまり正統・正格・本格・正規・格率・本式などと言われるものを学んだのち、それを崩していくという創作の作法がある。
素形を崩した形態は、長い時間をかけて洗練され素形を乗り越えてまた新たな型となる。
後編へつづく (Copyright © 2020 野平洋次)
「基本の型」
みゆき設計 吉川みゆき
みゆき設計 吉川みゆき
正しい家づくり研究会会員の設計した
-----「天井に木材を使用した住まい」-----
-----「天井に木材を使用した住まい」-----
天井に木材を使用した住まいを2件ご覧下さい。
1件目は、居住エリアと応接エリアとをつなぐ廊下で行の空間とも言えるでしょうか。
住まいでゆっくり過ごすOFFモードから接客するONモードへとお気持ちを切り替えて頂けるようにあえて廊下を長くし天井にルーバーを設けて光のグラディションを作りました。
このようなルーバーを採用する場合は、10年・15年後のメンテナンスへの配慮も大切です。この住まいでは簡単に外してルーバー奥の天井面を清掃できます。
1件目は、居住エリアと応接エリアとをつなぐ廊下で行の空間とも言えるでしょうか。
住まいでゆっくり過ごすOFFモードから接客するONモードへとお気持ちを切り替えて頂けるようにあえて廊下を長くし天井にルーバーを設けて光のグラディションを作りました。
このようなルーバーを採用する場合は、10年・15年後のメンテナンスへの配慮も大切です。この住まいでは簡単に外してルーバー奥の天井面を清掃できます。
2件目は、多角形リビングの吹抜に桧を張った天井で草の空間と言えるでしょうか。
桧張り天井の中に3本の太い材木がありますが、これは梁と言われる建築物の主要構造部材です。個性的な雰囲気を作ることができました。
木材で造った天井のメンテナンスは、ホコリ落とし程度で充分なので高い天井に適した材料と言えます。
昨今の住宅に使用されている木材調の商品は、ビニールシートに木目を印刷したものや薄い紙状にスライスした木シートのため、15年程度経過すると剥がれたりめくれたりしてしますが、無垢材は時とともに味わいを深め100年経っても美しい。
桧張り天井の中に3本の太い材木がありますが、これは梁と言われる建築物の主要構造部材です。個性的な雰囲気を作ることができました。
木材で造った天井のメンテナンスは、ホコリ落とし程度で充分なので高い天井に適した材料と言えます。
昨今の住宅に使用されている木材調の商品は、ビニールシートに木目を印刷したものや薄い紙状にスライスした木シートのため、15年程度経過すると剥がれたりめくれたりしてしますが、無垢材は時とともに味わいを深め100年経っても美しい。
設計担当:みゆき設計 吉川みゆき