美しい日本の住まい
下がり壁 (後編)
「吊り束」
 野平洋次
 障子や襖などの建具を外せば続き間が一体化して大広間となる変幻自在さが木造伝統建築にはある。多くの建築家がこの自在さに挑戦してきた。
 しかし建具の鴨居に力板を付けたとしても8畳6畳の部屋にある2間(6尺・約3.6m)の開口を渡すには無理がある。そこで「つりづか」が登場する。
 鴨居の長さが1間を越えるとき中央で鴨居を吊り上げる部材が「つりづか」。
  「つり」は古い本では「釣り」、現在では「吊り」と表記されている。「つか」は古くは「木偏に短」と書いたものがある。現代では「束」と書いて短い柱を意味する。敷居をつり下げて固定するのであるから表記は「吊り束」が適切かと思う。
 吊り束は柱と同材で、大きさも同寸もしくは柱の9分取り(9/10の寸法)にする。この束は小屋梁から吊るす。小屋梁に吊り木を釘で打ち付けるという簡単な仕事では、乾燥で収縮する木材の動きに対応できない。小屋梁と吊り束を仕口(木組み)で密着させると、吊り直す余白がなくなる。
 そのため小屋梁と吊り束は密着させないでおく。棒材で井桁を組むようにして小屋梁を取り囲んだ長方形の枠に「こうがい」(かんざしのようなもの)を使って束を吊り下げ、栓や楔を打って固定する。吊り束と鴨居の仕口は寄せ蟻継ぎまたは篠差し蟻継ぎとする。
 このように吊り束を取り付けるには手間がかかるわけだが、柱をなくすためと思えば、その手間が大変であっても納得できる。
 筆者は柱を取り外す例を宮城県村田町(伝統的建造物群保存地区)で見た。襖4枚が一列に並ぶ間仕切りの真ん中に柱が1本付けられ、戸当たりとなっていた。鴨居と敷居に差し込まれた付け柱である。夏を迎えるというのでこの柱を取り外し襖も格納して、2間の開口ができ大広間が出現した。
 荷持柱となる垂直材と土台・桁・梁という横材で縦横に固めた軸組が木造伝統構法の特色である。軸組は原則3尺(約909mm)間隔の格子(方眼)の上に配され立体格子を構成する。
 家屋の軸組の上端は軒桁である。この桁の高さの水平面を「地回り」という。何が置かれる地かというと屋根・小屋組が置かれる地である。3尺間隔で小屋束が小屋梁に植えつけられ切妻・寄棟・入母屋などの型を持つ屋根ができる。
  つまり屋根の小屋組と屋内の軸組とは分離している。
 地回りの下では軸組のフレームに従って間取りが行われ、壁面が取り付けられる。広い開口部を取るとなると上部構造である小屋組から下がり壁を吊るという方法がある。下部構造の補強を上部構造がする。吊り束が柱の代わりをする。この骨組みの仕組みは日本建築独自の工夫だろう。木造ならではである。各部材それぞれが力を出し合って全体を支えるという木造伝統構法の「総持ち」の状態を下がり壁が示している。
 下がり壁は垂れ壁ともいう。そもそも人前に立ちはだかる壁が吊り下がっているとはいかなることか。既成の概念を確認し、関連する要素を了解した上で状態を把握する。そのためには、専門用語の基礎知識とそのことにまつわる思考の展開過程を含む言葉を建築術語として再認識する必要性がある。今回は下がり壁という術語を確認した。木造建築を理解するための術語である。
 下がり壁または垂れ壁・吊り壁は、小屋梁に取り付いた吊り束によって吊り上げられて、空間を分節したり釣り床を構成したりする。
前編を見る (Copyright © 2021 野平洋次)
「吊り束」
 正しい家づくり研究会 吉川みゆき
-----正しい家づくり研究会会員の設計した「小平の家」-----
 ここは若いご夫婦と幼いお子様たちの住まいです。
 客間として誂えた和室はLDKと接しています。そのLDKの間にある開口部分には、小さなお子様がいらっしゃるために重い戸襖や障子を使うことができず、樹脂製の和紙を用いた軽くて壊れにくいアルミ製の建具を設けました。この建具上部を見ると、吊り束が柱の代わりとなり、鴨居だけでなく大きな開口部分も支えて「総持ち」の状態になっていることが見て取れます。
 建具を閉めた時、LDKからの光が樹脂製の和紙を通して柔らかな光として入ってきます。また、LDKにいると、和室からの柔らかな光が入ってきます。この優しい光によって、部屋と部屋とが分断されるのではなく、優しくつながっているように感じます。
設計担当:有限会社みゆき設計 吉川みゆき
文:有限会社みゆき設計 西育子
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