美しい日本の住まい
納戸 (後編)
「ウォークインクローゼット」
野平洋次
野平洋次
納戸構えという呼称がある。古代から中世の間の小規模な略式の住宅に見られる、寝る場所であり収納場所ともなる部屋を構えることである。
格式を重んじる邸宅での寝室への入り口は、やがて飾り金具に房などをつけた4枚の一回り小さめの襖を入れ装飾化される。この様式は帳台構えと言われ、中世に至って書院の座敷飾りの形式となる。このことは太田博太郎「書院造り」(1966)に詳しい。
さて、納戸が寝室から収納場所へ変化してきたことは、江戸時代に将軍や大名諸侯の衣類・調度品の出納を受け持つ役職を「お納戸役」と呼んでいたことからもわかる。そして納戸といえば、屋内で衣類・調度を収めておくための部屋、衣類を入れた箪笥、長持や調度類をしまって置く物置用の部屋ということになる。
衣類の入れ替えで、納戸から引っ張りだすものと仕舞い込むもので、足の踏み場がなくなってしまう、という話になんと大袈裟なと思ったことがある。しかしその後、とある豪邸を拝見してさもありなんと納得した。部屋の両壁に箪笥がビッシリ並んでいる。衣類のサイズにあわせた幅や高さの小引き出しが作り付けてある。部屋は畳敷きで鏡に向かって衣装合わせができる余裕がある。
さらに奥には調度品や何かが置かれている。
こんな納戸部屋をみたあと、一緒に見学した学生に「納戸と言ったら何を連想しますか」と問うと「イタヅラしたときに入れられる所」ときた。おばあちゃんの家での幼いときの経験だそうだ。するとすかさず「叱られて入れられるのは押入れだった」という反論があった。
江戸時代後期の旗本屋敷(大熊家)の図面に、間口1間半、奥行き半間の押し入れがあるのを見つけた。
建具を外すと続き間となる日本の伝統家屋では、押入は続き間を遮るものとなって作りにくい。居室を独立した部屋として一部屋ごとに仕切る時代になって、押入は具合のいい間仕切りを兼ねた作り付けの収納場所となる。
「図説近代日本住宅史」(鹿島出版会2008)に2連戸建て借家の図が掲載されている。隣との境の塗り壁に接して押入がそれぞれにつくられている。さほどの広さはないわけだから、収納場所は押入だけということになる。何しろ畳に布団を敷いて寝る、布団を片付けて居間となるわけだから、布団の収納場所である押入は欠かせない。
在来の住宅に改良を加えた実験住宅が大正期から昭和初期にかけて出てくる。改良和風住宅を当時検証していた清水一はアイデアだけの新住宅には戸棚が少ないと指摘している。(「現代和風住宅に関する二、三の観察」建築学会誌、1936)
現在の日本の住まいの収納場所としては、納戸、そして押入、戸棚、物入れ、物置きなどがある。モダンリビングの旗手だった宮脇檀(1936~1998)は住まい手の要求で納戸を作ったが、それでも物はあふれ、家の中は片付かない。ならば納戸をつくるのはやめて物を捨てよう、と呼びかけることにしたという。(「暮らしのデザイン」丸善、2003))
昨今の住宅広告を見ると、わずかなスペースをウオークインクローゼットと書いてある。
住まいに収納場所は不可欠である。
書棚に収納している日頃読みもしない本が簡単に捨てられないように、暮らしの中で蓄えたものはなかなか手放せない。一部屋を納戸として置く事で、雑多な品々を眼に付かない所に安置することができる。
さらに、「すまうという事は澄まうということ」といわれる。居室を片付けて、在るべき物が在るように置かれ、清々しく澄まうためには、季節はずれの品々や室礼の調度品を収納する一部屋が必要なのだ。
納戸に収納される品々は生活の変化とともに変わってくる。仕舞い方も変化する。またかべに囲われた納戸には状況に応じて書斎にも寝室にも転用できる効用がある。
それぞれの家に、住まい方の変遷を語るおもしろい納戸物語がありそうだ。
格式を重んじる邸宅での寝室への入り口は、やがて飾り金具に房などをつけた4枚の一回り小さめの襖を入れ装飾化される。この様式は帳台構えと言われ、中世に至って書院の座敷飾りの形式となる。このことは太田博太郎「書院造り」(1966)に詳しい。
さて、納戸が寝室から収納場所へ変化してきたことは、江戸時代に将軍や大名諸侯の衣類・調度品の出納を受け持つ役職を「お納戸役」と呼んでいたことからもわかる。そして納戸といえば、屋内で衣類・調度を収めておくための部屋、衣類を入れた箪笥、長持や調度類をしまって置く物置用の部屋ということになる。
衣類の入れ替えで、納戸から引っ張りだすものと仕舞い込むもので、足の踏み場がなくなってしまう、という話になんと大袈裟なと思ったことがある。しかしその後、とある豪邸を拝見してさもありなんと納得した。部屋の両壁に箪笥がビッシリ並んでいる。衣類のサイズにあわせた幅や高さの小引き出しが作り付けてある。部屋は畳敷きで鏡に向かって衣装合わせができる余裕がある。
さらに奥には調度品や何かが置かれている。
こんな納戸部屋をみたあと、一緒に見学した学生に「納戸と言ったら何を連想しますか」と問うと「イタヅラしたときに入れられる所」ときた。おばあちゃんの家での幼いときの経験だそうだ。するとすかさず「叱られて入れられるのは押入れだった」という反論があった。
江戸時代後期の旗本屋敷(大熊家)の図面に、間口1間半、奥行き半間の押し入れがあるのを見つけた。
建具を外すと続き間となる日本の伝統家屋では、押入は続き間を遮るものとなって作りにくい。居室を独立した部屋として一部屋ごとに仕切る時代になって、押入は具合のいい間仕切りを兼ねた作り付けの収納場所となる。
「図説近代日本住宅史」(鹿島出版会2008)に2連戸建て借家の図が掲載されている。隣との境の塗り壁に接して押入がそれぞれにつくられている。さほどの広さはないわけだから、収納場所は押入だけということになる。何しろ畳に布団を敷いて寝る、布団を片付けて居間となるわけだから、布団の収納場所である押入は欠かせない。
在来の住宅に改良を加えた実験住宅が大正期から昭和初期にかけて出てくる。改良和風住宅を当時検証していた清水一はアイデアだけの新住宅には戸棚が少ないと指摘している。(「現代和風住宅に関する二、三の観察」建築学会誌、1936)
現在の日本の住まいの収納場所としては、納戸、そして押入、戸棚、物入れ、物置きなどがある。モダンリビングの旗手だった宮脇檀(1936~1998)は住まい手の要求で納戸を作ったが、それでも物はあふれ、家の中は片付かない。ならば納戸をつくるのはやめて物を捨てよう、と呼びかけることにしたという。(「暮らしのデザイン」丸善、2003))
昨今の住宅広告を見ると、わずかなスペースをウオークインクローゼットと書いてある。
住まいに収納場所は不可欠である。
書棚に収納している日頃読みもしない本が簡単に捨てられないように、暮らしの中で蓄えたものはなかなか手放せない。一部屋を納戸として置く事で、雑多な品々を眼に付かない所に安置することができる。
さらに、「すまうという事は澄まうということ」といわれる。居室を片付けて、在るべき物が在るように置かれ、清々しく澄まうためには、季節はずれの品々や室礼の調度品を収納する一部屋が必要なのだ。
納戸に収納される品々は生活の変化とともに変わってくる。仕舞い方も変化する。またかべに囲われた納戸には状況に応じて書斎にも寝室にも転用できる効用がある。
それぞれの家に、住まい方の変遷を語るおもしろい納戸物語がありそうだ。
( 前編を見る Copyright © 2021 野平洋次)
「ウォークインクローゼット」
正しい家づくりの研究会 松坂亮一
正しい家づくりの研究会 松坂亮一
西東京の住まい「舞娘茶屋・雛蔵畫廊 相馬樓」
今回の随筆、第24章 納戸(後編)「ウォークインクローゼット」を読み終えて、今回のテーマは難しいな、、、と思っていたがふと子供のころを思い出した。文章の中にある納戸や押入れは確かに、納戸は怒られたときに反省をする場所、押入れはドラえもんの寝るところという記憶がよみがえる。確かに最近の住まいでは和室や畳の部屋が少なくなり、それに伴い押入れも減り、各個室にクローゼットやウォークインクローゼットが設置される家が増えているようにも感じる。
昨年からつづくコロナ禍でリモートワークなども増え家で仕事ができる場所の確保など必要に迫られている方も多くいらっしゃるかと思います。夫、妻と共働きである場合などはそれぞれでパソコンを開ける場所が必要となると、納戸やウォークインクローゼットなどがあれば一部にカウンターやテーブルを設置してワークスペースとして活用されている方もいらっしゃるだろう。現在プランの打合せを進めているお宅でもそのように設計を進めている方や、賃貸住宅でも納戸にも使える多目的スペースとして、電源、LANなども設置しておき住まわれる方に合わせた使い方ができるように工夫しているものもあります。
野平先生のおっしゃる通り『納戸』とは家族の住まい方の変化、時代の変化に応じて様々な使い方ができるスペースなのかもしれないと思った。
昨年からつづくコロナ禍でリモートワークなども増え家で仕事ができる場所の確保など必要に迫られている方も多くいらっしゃるかと思います。夫、妻と共働きである場合などはそれぞれでパソコンを開ける場所が必要となると、納戸やウォークインクローゼットなどがあれば一部にカウンターやテーブルを設置してワークスペースとして活用されている方もいらっしゃるだろう。現在プランの打合せを進めているお宅でもそのように設計を進めている方や、賃貸住宅でも納戸にも使える多目的スペースとして、電源、LANなども設置しておき住まわれる方に合わせた使い方ができるように工夫しているものもあります。
野平先生のおっしゃる通り『納戸』とは家族の住まい方の変化、時代の変化に応じて様々な使い方ができるスペースなのかもしれないと思った。
【正しい家づくり研究会では、納戸やウォークインクローゼットに防カビ・調湿効果が高い桐材を壁に使用することもお勧めしています】
担当:正しい家づくりの研究会 松坂亮一