美しい日本の住まい
蔵 (後編)
「座敷蔵」
 野平洋次
 1990年代のはじめ「和風のスタイルとは」ということで、関東平野の風景を学生と探査したことがある。彼らが見つけたのは「蔵のある風景」だった。関東ではこれを塗家という。北関東では大谷石を積んだ石蔵も多く目にする。
 蔵造りと言えば小江戸と呼ばれる埼玉県の川越が有名である。耐火構造の商家が旧街道に面して並んでいる。木造家屋の街並みで火事が起きた時の延焼防止の為に蔵が建てられた。この防火目的で蔵を配した街並みを、富山県高岡市では明治末期に取り入れた。耐火煉瓦や石造の洋風建築に漆喰の上塗りをした和洋折衷の建物などが並んでいる。
 木造の日本建築にあって燃えない蔵は重要で、漆喰の白壁さらには海鼠壁などの意匠をまとった外観は、開放的な木造家屋とは対照的な美しい日本の風景となって日本各地に展開している。
 蔵は夏涼しく冬暖かい室内環境となる。断熱性能が高いため、洞窟の中と同じ状態で、防音効果も調湿効果もある。人が暮らすについても風通しさえ工夫すれば使える。
 蔵の中での暮らしぶりは1990年代に福島県会津盆地喜多方の奥にある山里集落三津谷で見た。近代産業の発展とともにトンネル工事や洋風建築の建材としてレンガを製造し繁盛した。明治初期に作られたレンガを焼く登窯が残っていた。集落にはレンガ蔵があってその屋内には座敷があった。座敷には床の間があった。出入り口の側に縁側、それと対面する側壁に一カ所アーチ型の窓があり障子がはめられていた。窓からのわずかな光を受けて、床脇の天袋に貼られた金箔が輝きを放っていた。掛け軸があり香炉があり、書院造りの約束通りに座敷飾りがしてあった。
 豪雪地帯では蔵住まいが心地いいのかもしれない。冬ごもりと言うが、蔵に籠って寒さと雪をしのぎ、ワンルームの屋内で暮すという住まい方がある。
 倉は穀物などの倉庫だが、蔵は貴重な家財や調度品を収納保管する場所を意味する。したがって蔵への出入りは蔵前と呼ばれ母屋との関係も密接である。
 長野県茅野市神戸・上原地区ではウチグラと呼ばれる母屋と一体となった蔵をもつ昔ながらの家が幾つもある。小ぶりな蔵が半分、母屋に抱かれるように作られている。この蔵はいずれも北もしくは北西に位置して母屋の風除けともなる。抱きぐるみ・建てぐるみ・屋ぐるみと呼ばれる蔵の形式で生活空間の一部となっている。
 蔵は生活空間としてだけではなく店舗としても使う。店蔵である。
 筆者の昔の記憶だが近所に蔵住まいのおじいさんがいた。母屋が焼失して蔵だけが残りその蔵で生活していた。外から伺う事のできない暮しぶりは神秘的で、まるで仙人のように見えた。書斎蔵と呼ばれるものがあるが、まさしく書斎の人だった。「お蔵の○○さん」と呼ばれて親しまれていた。
 現存する古い蔵をカフェやレストランに改造した例は今でも見られる。天井が高く、小窓しかない壁に囲まれた室内は、それなりに趣があっていいものだ。
 このような蔵を仕事場にしたIT企業のサテライトオフィスが、徳島県神山町にある。2012年当地の知人の案内で訪れた。テレワークによる地域創生の成功モデルとされている。山深い過疎地に出向し仕事に勤しんでいる都会人がいた。古民家を買い取ってシェアーハウスにして住んでいる若者達もいた。移り住んだ住人はさらに古蔵を補修してオフィスにしている。床と壁に天然乾燥させた地場材の真新しい杉板が貼られている。古いままがいい、壊われかけたままが格好いい、節のない特級材より節だらけの木材の方がリアリティがある、と言っていた。
 柱と建具の日本家屋の開放性の対局に、壁に囲まれた蔵という閉鎖空間がある。日本の建築美は線の構成美とされているが、蔵に関しては真逆で、西洋の石造建築と同じ面の構成となる。左官職人が腕をふるった壁面構成の建築すなわち蔵も、美しい日本の風景である。
( 前編を見る Copyright © 2021 野平洋次)
「座敷蔵」
 HAN環境・建築設計事務所 松田毅紀
正しい家づくり研究会会員の設計した「熊谷の町屋」
「間口が狭く奥行きの広い敷地に合わせ今日の町屋のように採光と通風のための坪庭を設けた住まい」
 熊谷の町屋では、建主の意向に沿って室内は、自然素材を使用したモダン和風で設ています。壁は、漆喰仕上げとし、漆喰の白と黒塗りした天井木材との対比は、美しく落ち着いたインテリアとなりました。
 内装材としての漆喰は、調湿性能に優れている。アルカリ性なので、抗菌作用がある。静電気が起きず、埃が付きにくい点や耐火性に優れている等たくさんのメリットがある素材です。
設計担当:HAN環境・建築設計事務所 松田毅紀
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