美しい日本の住まい
厨子二階 (前編)
「創意工夫の中二階」
 野平洋次
 「美しい日本の住まい」ということで、日本家屋の「遺伝子」ともいうべき様々な部位を取り上げてきた。さてこれらの部位は独立させてそれが美しいというべきものなのだろうか。そんな疑問を抱きつつ筆者がこれまで探訪してきた民家の写真を並べてみた。
 目に止まるのは地方の典型であり、昔懐かしい姿である。現代に生きるデザインである。
 建物は屋根・外壁・天井・床などのサブシステムに分解され、それぞれのしくみを紐解くことができる。建物の存在を示すのは表面に現れる姿・形であるから、目に見える部位で「美しい日本の住まい」を語ることは自然な成り行きであるが、しかし写真を並べながら何かが欠けているという不安な気持ちは消えない。そのうち日本の[ 家屋・住宅・住居・住まい ]という言語表現のあいまいさ、総体を通り越して個別部位を語っていることの浅はかさが、不安の要因であることに気がついた。
 そして「嫁と屋根は遠目で決めろ」という言説が浮かぶ。これがヒントで今回は屋根裏部屋をテーマとすることを思いついた。美しい日本の住まいには隠れて見えない部位があるというわけだ。
 日本家屋は屋根に表象される。(「風土の意匠」2000年学芸出版社)
 江戸時代、庶民の住まいは2階建にすることが禁じられ平家(ひらや)が基本だった。幕府や藩からの贅沢を禁じる御触れはさらに、長押をつけること書院をもつことなども禁じた。
 それでも裕福になった商家で知恵を出すものたちがいた。表通りに面した鰻の寝床のような敷地に、一見平家だが屋内を2層にする工夫をした。
 ムクリをつけた切妻大屋根の棟を、前面道路と平行にして軒高を14尺(約4.2m)にする。軒の下に柱から持ち出した庇(裳階ともいう)をつける。これをセガイ造り(カシキ造りとも)という。庇の下は出格子・のれん・駒止・ばったり床几などを設えたこれで二軒(ふたのき)の店構えとなる。
 こうして表通りからは1階建てに見える町家形式が完成した。この屋根裏には小部屋が仕込んである。
 屋根裏部屋は厨子(つし)二階と呼ばれる。略してツシというところもある。今の建築用語でいえば中二階である。禁令を守りながら最大限の工夫をする有様は、建築基準法の中で四苦八苦して市街地に住宅を設計する現代に通じる。
 厨子(ずし)とは本来、仏像や経典など貴重な品を安置するために作られた小部屋のことである。その名前を持ちながら中二階の使い方はさまざまである。木炭や薪が置かれたところは木置き(きおき)と呼ぶ。家の日用品や家財を整理保管する場所にも、使用人の部屋としても使われた。今風に言えばロフトである。
 京都市中では厨子二階のあるミセの後ろに総二階の母屋を建てた、このような職住一体の住まいを表造り(表屋造り)という。この形式が江戸中期から明治時代まで町家の主流となっている。
 小京都といわれる地方都市に残る伝統的街並みでも、厨子二階の町家は多くみられる。
 屋根裏の小部屋が子供の個室となりやがて当主の書斎となって現代に住み継がれている江戸時代の風情を残す民家をみたことがある。座敷広間と個室の構成はパブリックスペースとプライベートスペースの明確な分離であり、豊かな居住空間となっていた。
 切妻屋根のことを甍(いらか)造りともいう。切妻で二軒の町家が続く街並みは、甍(いらか)の波となって確かに美しい。その屋根の下の空間を精一杯使う工夫が、厨子二階にある。
(後編へつづく Copyright © 2021 野平洋次)
「創意工夫の中二階」
 有限会社みゆき設計 吉川みゆき
正しい家づくり研究会会員の設計した「市ヶ谷の家」
 「市ヶ谷の家」
 床のフローリング・腰壁・巾木・廻り縁・木製建具・枠材を全て杉材で造った住まいです。杉材の良い香りと柔らかい感触が心地よく、自然素材の調湿効果により梅雨時でも爽やかにお過ごし頂けます。
 2階建ての住まいには屋根裏部屋があります。屋根裏部屋は、容積率の緩和を受けられますので江戸時代に2階建てを禁止していた頃と同様、現代でも創意工夫により居住空間を広く有効に活用できます。
 また、屋根裏部屋へのアプローチとして常設の階段を設置できるので 荷物の出し入れも安全に行えます。
設計担当:有限会社みゆき設計 吉川みゆき
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