美しい日本の住まい
スダレ・ヨシズ (前編)
「住まいの夏姿」
野平洋次
野平洋次
7月になると、軒下に日除けのスダレを掛けている家を見かける。玄関先や縁先にヨシズを立て掛けて、目隠し・塵除け・雨除けともしている家がある。「またお隣さん今年も掛けはったわ」という会話も聞こえて来る。
日本の夏の風物詩だ。
スダレは簾と書く。室内に吊り下げるもの「掛け簾(かけす)」と屋外に立てかけるもの「立て簾(たてす)」がある。細く削った竹や葦を並べ、糸や棕櫚(しゅろ)縄で編んだものだ。
平安時代の寝殿造りではスダレが間仕切となっていた。このスダレは紋様を染め付けた絹の布で上下左右の縁を繕ったもので御簾(みす)といわれる。今では神社で見ることができる。
御簾の伝統を伝えるものに京簾(きょうすだれ)がある。京簾の産地に大阪市富田林地方がある。この地の良質な真竹を使って作った竹簾(たけすだれ)には金剛簾の名前が付けられ高級品として扱われている。琵琶湖の葦(よし)も京簾の貴重な材料である。
京都の街を歩くと二階にスダレを掛けた家が並んで古都の夏を感じる。しかし京都の知人は「夏は来るな。冷房完備の部屋でテレビの高校野球でも観戦していろ。」と言う。生半可な暑さではない京都を甘く見るなということだ。
ある夏、石垣に囲まれた四国の漁村集落を取材した。民宿の縁側でまだ青い新品のスダレが夕日に輝いていた。くつろいでいると「これは伊予簾」といって漁師さんたちが自慢話をはじめた。
調べてみると、愛媛県浮穴地方の細くて長い篠竹を使ったズダレが伊予簾(いよすだれ)と呼ばれている。これは古典文学(宇津保物語・枕草子・源氏物語)にも登場する。と愛媛県史に書かれていると愛媛県生涯学習センターのデータベース「えひめの記憶」が教えてくれた。
スダレは現在ではさまざまなデザインがなされ、インテリア用品として販売されている。簾障子というものがある。夏障子、葦障子、簀戸(すど)とも呼ばれる。建具に簾を張ったものである。
昔のことだが6月1日に工務店の職人さんのお供をして滅多に入ることのできない高級料亭に行ったことがある。もちろん客としてではない。お座敷を夏姿に変える仕事のためだ。6月1日は制服が夏服に衣替えする日でもある。
障子や襖を取り外して夏障子に入れ替える作業を出入りの職人さんがやる。寸法が同じ引き違い戸だから簡単に交換できるのだが、立て付けの修正もする。なにしろ枚数が多いので時間がかかる。職人さんが仕事している間に、亭主に断りを入れて屋内を一回りさせてもらった。粋な数寄屋普請の心意気を存分に味わって元に戻ると、室内をやわらかく包み込んでいた障子・襖に代わって、微風をただよわせ向こうの部屋が見通せる夏障子となっており、室内の景色が一変していた。
もう一つさるお屋敷を見学した時の話である。案内されるままに縁側を通ると真新しい夏障子があった。杉の木の香りがする。とおされた座敷で当主から話を聞いた。
先代は夏障子として葭(葦)の茎でつくる葭(よし)障子を使っていたが、座敷を書院風に改装したため、硬い感じのする伊予簾を張った簀戸に変えた。障子は丁寧に作ってもらうと一代(当代当主の生きている間)は持つ。先代の作った古い葭障子は骨董屋さんに引き取ってもらった。竹の間を通ってくる風の涼しさとともに、日中の白くまぶしい庭を簾障子超しに眺めるのもいいものだ。
というわけで夏障子を締めてもらって庭の景色をながめた。1枚のフィルターを通して見ているようだった。室内が程よく暗くなり、それだけで心なしか涼しさを感じる。簾障子は夏の庭を見るサングラスの役割をしていることに気がつきいた。
屋根の下、高床の上にある室内空間の障子・襖を取り外して、外部空間と内部空間が一体となる日本の住まいの夏姿である。
と言われても、御簾や簾障子が似合う庭付きの伝統木造住宅は、一般庶民にとって成人式や結婚式で一度は着てみたい晴れ着のようなもので、縁遠いものだ。と若者にソッポを向かれたことがある。
後編へつづく(Copyright © 2019 野平洋次)
日本の夏の風物詩だ。
スダレは簾と書く。室内に吊り下げるもの「掛け簾(かけす)」と屋外に立てかけるもの「立て簾(たてす)」がある。細く削った竹や葦を並べ、糸や棕櫚(しゅろ)縄で編んだものだ。
平安時代の寝殿造りではスダレが間仕切となっていた。このスダレは紋様を染め付けた絹の布で上下左右の縁を繕ったもので御簾(みす)といわれる。今では神社で見ることができる。
御簾の伝統を伝えるものに京簾(きょうすだれ)がある。京簾の産地に大阪市富田林地方がある。この地の良質な真竹を使って作った竹簾(たけすだれ)には金剛簾の名前が付けられ高級品として扱われている。琵琶湖の葦(よし)も京簾の貴重な材料である。
京都の街を歩くと二階にスダレを掛けた家が並んで古都の夏を感じる。しかし京都の知人は「夏は来るな。冷房完備の部屋でテレビの高校野球でも観戦していろ。」と言う。生半可な暑さではない京都を甘く見るなということだ。
ある夏、石垣に囲まれた四国の漁村集落を取材した。民宿の縁側でまだ青い新品のスダレが夕日に輝いていた。くつろいでいると「これは伊予簾」といって漁師さんたちが自慢話をはじめた。
調べてみると、愛媛県浮穴地方の細くて長い篠竹を使ったズダレが伊予簾(いよすだれ)と呼ばれている。これは古典文学(宇津保物語・枕草子・源氏物語)にも登場する。と愛媛県史に書かれていると愛媛県生涯学習センターのデータベース「えひめの記憶」が教えてくれた。
スダレは現在ではさまざまなデザインがなされ、インテリア用品として販売されている。簾障子というものがある。夏障子、葦障子、簀戸(すど)とも呼ばれる。建具に簾を張ったものである。
昔のことだが6月1日に工務店の職人さんのお供をして滅多に入ることのできない高級料亭に行ったことがある。もちろん客としてではない。お座敷を夏姿に変える仕事のためだ。6月1日は制服が夏服に衣替えする日でもある。
障子や襖を取り外して夏障子に入れ替える作業を出入りの職人さんがやる。寸法が同じ引き違い戸だから簡単に交換できるのだが、立て付けの修正もする。なにしろ枚数が多いので時間がかかる。職人さんが仕事している間に、亭主に断りを入れて屋内を一回りさせてもらった。粋な数寄屋普請の心意気を存分に味わって元に戻ると、室内をやわらかく包み込んでいた障子・襖に代わって、微風をただよわせ向こうの部屋が見通せる夏障子となっており、室内の景色が一変していた。
もう一つさるお屋敷を見学した時の話である。案内されるままに縁側を通ると真新しい夏障子があった。杉の木の香りがする。とおされた座敷で当主から話を聞いた。
先代は夏障子として葭(葦)の茎でつくる葭(よし)障子を使っていたが、座敷を書院風に改装したため、硬い感じのする伊予簾を張った簀戸に変えた。障子は丁寧に作ってもらうと一代(当代当主の生きている間)は持つ。先代の作った古い葭障子は骨董屋さんに引き取ってもらった。竹の間を通ってくる風の涼しさとともに、日中の白くまぶしい庭を簾障子超しに眺めるのもいいものだ。
というわけで夏障子を締めてもらって庭の景色をながめた。1枚のフィルターを通して見ているようだった。室内が程よく暗くなり、それだけで心なしか涼しさを感じる。簾障子は夏の庭を見るサングラスの役割をしていることに気がつきいた。
屋根の下、高床の上にある室内空間の障子・襖を取り外して、外部空間と内部空間が一体となる日本の住まいの夏姿である。
と言われても、御簾や簾障子が似合う庭付きの伝統木造住宅は、一般庶民にとって成人式や結婚式で一度は着てみたい晴れ着のようなもので、縁遠いものだ。と若者にソッポを向かれたことがある。
後編へつづく(Copyright © 2019 野平洋次)
「住まいの夏姿」
坪井当貴建築設計事務所 坪井当貴
坪井当貴建築設計事務所 坪井当貴
正しい家づくり研究会会員の設計した
「日よけフィルターのある家」
「日よけフィルターのある家」
「日よけ格子の家」
西側道路の公園に隣接する敷地、緑豊かな視界がある代わりに、人通りも多く、強い西日も窓から直接入ってきます。夏の強い日射を遮りながら、風が通り、視界も失わないような方法として、スダレやヨシズからヒントを得た格子のフィルターをデザインしました。縦格子のメリットは正面以外の角度からは、視線や直射日光が入らないこと。道路に面するプライバシーを確保しながら、日差しが強い時間帯の日射のコントロールが可能になっています。この格子フィルターは建物の外観デザインにも影響を与え、和のイメージをもつ現代住宅として公園の緑や街並みへの調和にも役立っています。
西側道路の公園に隣接する敷地、緑豊かな視界がある代わりに、人通りも多く、強い西日も窓から直接入ってきます。夏の強い日射を遮りながら、風が通り、視界も失わないような方法として、スダレやヨシズからヒントを得た格子のフィルターをデザインしました。縦格子のメリットは正面以外の角度からは、視線や直射日光が入らないこと。道路に面するプライバシーを確保しながら、日差しが強い時間帯の日射のコントロールが可能になっています。この格子フィルターは建物の外観デザインにも影響を与え、和のイメージをもつ現代住宅として公園の緑や街並みへの調和にも役立っています。
設計担当:坪井当貴建築設計事務所・一級建築士事務所 坪井当貴