美しい日本の住まい
雨戸 (後編)
「開放的な住まいを制御する装置」
野平洋次
野平洋次
空き巣や強盗から住まいを守る必要は、開放的な日本の住まいからすれば当然のことである。そこで防犯装置がいる。雨戸の役割である。
雨戸を閉め切った屋内空間は闇の世界となる。電灯のない時代には行燈(あんどん)・ロウソクなどで手元を照らすしかなかった。部屋の隅は境界線の見えない闇だまりとなり無限の宇宙へとつながった。沈思黙考の空間であり安心して寝入ることのできるプライベートな空間である。
旅先で暗闇に差し込んできた一条の光に驚いて目が覚めたことがある。古びた雨戸に節穴が開いていたのだ。台風一過の秋晴れを雨戸越しに感じた一瞬だった。
雨戸を戸袋にしまい込むと床と天井だけの室内空間となる。軒先で天空が切り取られたパノラマが広がる。この風光明媚な光景は額縁庭園として日本建築の紹介でよく出てくる場面である。奈良の慈光院、京都の宝泉院などの写真は知らず知らず誰もがどこかで見ていることだろう。
この自然と一体となる融通無碍の空間を獲得するための工夫が雨戸である。
直角に折れ曲がった縁側の雨戸を一箇所の戸袋に納める。親指ぐらいの擬宝珠(ぎぼし)のような戸廻し金具を敷居・鴨居の交わる角に取り付け、溝に少し細工すると難なく雨戸は90度回転する。すると雨戸の行列は一方向に移動し戸袋に姿を消してしまう。縁側の角には1本の柱の線のみが見える。密閉された空間から全開放の空間へ。なんとも劇的な舞台転換である。
この雨戸廻しをショータイムとして観光客に見せていた民家が、重要伝統的建造物群保存地区指定の鹿児島県知覧にあった。住人のおばあさんが廻し戸を手際よくやってみせて観光客の拍手喝采を浴びていた。本欄前回(雨戸前編)に記した栗林公園掬月亭にも戸廻しがある。
雨戸は夜にだけ使うとは限らない。
ある農村では昼間に雨戸を閉めている家があると、あのうちはまだ若いからね、と認め合うと聞いたことがある。木製雨戸一枚で外と内を隔てた暮らしには、自然の中であるがままの人間の姿が感じられる。
西日の当たる座敷では夏の夕陽を雨戸でしのぐ。その雨戸で息を飲んだことがある。夕陽を受けて赤く染まったのだ。雨戸の杉板の赤身がこんなにも美しいとは知らなかった。異次元の世界にいるような、まるで西方浄土の光を浴びているような気分だった。
内と外を遮断してしまうと、外を見たいという欲望が出てくる。閉め切っている雨戸に窓をくりぬく、風も時には通したい、となると無双窓付の雨戸が登場する。雨戸上部の1段に短冊状にくりぬいた口をあけ、その口と同じ幅の板で開いた口を塞ぐ引き戸を取り付けたものである。
全開で短冊状の窓となるが開口幅は自在に調整できる。
雨戸の一部にガラスをはめ込むと、そのデザインはさまざまに展開する。採光が可能な雨戸となり、取り外し可能なガラス窓となる。外観にも変化ができる。
しかし雨戸は本来頑丈でなければならない。戸の一部に口を開けると強度が落ちる。建具職人は開口のない雨戸を勧める。
東京で家を新築する時、雨戸雨戸と騒ぐのは西の方の出身者だという。台風に襲われることの多い西日本では雨戸は必需品で、風に吹き飛ばされた小枝や小物からガラス戸や障子を守るために雨戸は欠かせない。
一方、東日本や北海道では雨戸を見かけない。北海道の住人に聞くと、「雨戸?そんなもの冬場に開け閉めできないっしょ。」と言われてしまった。
現代では木製雨戸がある住居が少なくなった。
今日的な雨戸のデザインとしては、シャッター雨戸(ブラインドシャッター)や通風雨戸がある。金属製で通風・調光・遮蔽・耐火の機能があり、太陽光遮熱率や耐風強度も保証付きである。電動で巻き上げて窓の上部の収納ケースに納めるため戸袋は不要となる。横引きもありカラフルに仕上げることもできる。
雨戸は屋内を完全密封状態にしたり、適当に隙間をあけて内部をかいま見せたり、全開放したりして、室内の明暗とプライバシーを演出する装置として機能する。
(Copyright © 2019 野平洋次)
雨戸を閉め切った屋内空間は闇の世界となる。電灯のない時代には行燈(あんどん)・ロウソクなどで手元を照らすしかなかった。部屋の隅は境界線の見えない闇だまりとなり無限の宇宙へとつながった。沈思黙考の空間であり安心して寝入ることのできるプライベートな空間である。
旅先で暗闇に差し込んできた一条の光に驚いて目が覚めたことがある。古びた雨戸に節穴が開いていたのだ。台風一過の秋晴れを雨戸越しに感じた一瞬だった。
雨戸を戸袋にしまい込むと床と天井だけの室内空間となる。軒先で天空が切り取られたパノラマが広がる。この風光明媚な光景は額縁庭園として日本建築の紹介でよく出てくる場面である。奈良の慈光院、京都の宝泉院などの写真は知らず知らず誰もがどこかで見ていることだろう。
この自然と一体となる融通無碍の空間を獲得するための工夫が雨戸である。
直角に折れ曲がった縁側の雨戸を一箇所の戸袋に納める。親指ぐらいの擬宝珠(ぎぼし)のような戸廻し金具を敷居・鴨居の交わる角に取り付け、溝に少し細工すると難なく雨戸は90度回転する。すると雨戸の行列は一方向に移動し戸袋に姿を消してしまう。縁側の角には1本の柱の線のみが見える。密閉された空間から全開放の空間へ。なんとも劇的な舞台転換である。
この雨戸廻しをショータイムとして観光客に見せていた民家が、重要伝統的建造物群保存地区指定の鹿児島県知覧にあった。住人のおばあさんが廻し戸を手際よくやってみせて観光客の拍手喝采を浴びていた。本欄前回(雨戸前編)に記した栗林公園掬月亭にも戸廻しがある。
雨戸は夜にだけ使うとは限らない。
ある農村では昼間に雨戸を閉めている家があると、あのうちはまだ若いからね、と認め合うと聞いたことがある。木製雨戸一枚で外と内を隔てた暮らしには、自然の中であるがままの人間の姿が感じられる。
西日の当たる座敷では夏の夕陽を雨戸でしのぐ。その雨戸で息を飲んだことがある。夕陽を受けて赤く染まったのだ。雨戸の杉板の赤身がこんなにも美しいとは知らなかった。異次元の世界にいるような、まるで西方浄土の光を浴びているような気分だった。
内と外を遮断してしまうと、外を見たいという欲望が出てくる。閉め切っている雨戸に窓をくりぬく、風も時には通したい、となると無双窓付の雨戸が登場する。雨戸上部の1段に短冊状にくりぬいた口をあけ、その口と同じ幅の板で開いた口を塞ぐ引き戸を取り付けたものである。
全開で短冊状の窓となるが開口幅は自在に調整できる。
雨戸の一部にガラスをはめ込むと、そのデザインはさまざまに展開する。採光が可能な雨戸となり、取り外し可能なガラス窓となる。外観にも変化ができる。
しかし雨戸は本来頑丈でなければならない。戸の一部に口を開けると強度が落ちる。建具職人は開口のない雨戸を勧める。
東京で家を新築する時、雨戸雨戸と騒ぐのは西の方の出身者だという。台風に襲われることの多い西日本では雨戸は必需品で、風に吹き飛ばされた小枝や小物からガラス戸や障子を守るために雨戸は欠かせない。
一方、東日本や北海道では雨戸を見かけない。北海道の住人に聞くと、「雨戸?そんなもの冬場に開け閉めできないっしょ。」と言われてしまった。
現代では木製雨戸がある住居が少なくなった。
今日的な雨戸のデザインとしては、シャッター雨戸(ブラインドシャッター)や通風雨戸がある。金属製で通風・調光・遮蔽・耐火の機能があり、太陽光遮熱率や耐風強度も保証付きである。電動で巻き上げて窓の上部の収納ケースに納めるため戸袋は不要となる。横引きもありカラフルに仕上げることもできる。
雨戸は屋内を完全密封状態にしたり、適当に隙間をあけて内部をかいま見せたり、全開放したりして、室内の明暗とプライバシーを演出する装置として機能する。
(Copyright © 2019 野平洋次)
「開放的な住まいを制御する装置」
HAN環境・建築設計事務所
HAN環境・建築設計事務所
正しい家づくり研究会会員の設計した
「環境共生型集合住宅-欅ハウス」
「環境共生型集合住宅-欅ハウス」
------「欅ハウス」現代版雨戸の実例---------
木製の防犯通風格子戸。「夜間の通風換気と防犯」、「台風時等のガラス窓防護」、「室内外からの景観とプライバシー」など多様な条件に最適化した現代版雨戸といえます。
「隙間風緩和や防音」は高性能なサッシが、「明るさ制御」はカーテンやブラインドがその役割を担います。
木製の防犯通風格子戸。「夜間の通風換気と防犯」、「台風時等のガラス窓防護」、「室内外からの景観とプライバシー」など多様な条件に最適化した現代版雨戸といえます。
「隙間風緩和や防音」は高性能なサッシが、「明るさ制御」はカーテンやブラインドがその役割を担います。
格子戸の中はバルコニー兼ねた玄関ポーチ。
格子戸を施錠しサッシを開け放てば防犯しながら通風出来る仕掛け。
格子戸の外に吹抜けを設けることで共用廊下からのプライバシーを高めています。
格子戸を施錠しサッシを開け放てば防犯しながら通風出来る仕掛け。
格子戸の外に吹抜けを設けることで共用廊下からのプライバシーを高めています。
正面からの風景。
美しい風景と適度な目隠しを両立。
豊かな木々に囲まれながら強風時も格子戸が安心感を生みます。
美しい風景と適度な目隠しを両立。
豊かな木々に囲まれながら強風時も格子戸が安心感を生みます。
設計担当:HAN環境・建築設計事務所