美しい日本の住まい
ハナレ(離れ) (後編)
「家を建てて子を失う ----- 野平洋次 ----- 」
 1945年太平洋戦争敗戦のあとで、家族の制度が変わる。家督相続制度はなくなり、兄弟姉妹平等に相続権が認められるようになる。農地改革で豪農が没落し大家族は崩壊して、それぞれが家を構える事となる。
 戦火のあとの復興もともない住宅不足の状況が続いた。1948年、建築専門雑誌「新建築」で「12坪木造国民住宅」の設計競技が行われている。小住宅の提案が様々な形でなされ、部屋を仕切らないワンルームの住宅が次々と現れた。
 その後の経済の高度成長とともに核家族化が進行する。住宅規模も拡大し部屋数が増える。
 1959年竣工の某宅は、庭先に小さなワンルームの建物を手に入れた。子供達の勉強部屋である。これは大和ハウス工業で開発された「ミゼットハウス」と呼ばれたもので、日本のプレハブ住宅の先駆けとなった。爆発的に売れた。
 子供の部屋は勉強だけの行為ではないはずだが、住まいの中に「勉強部屋」と呼ばれるものが出現した。これについては、松田妙子著「家をつくって子を失う」(文藝春秋1998)がある。父親が汗水垂らして稼いだ資金でようやく持ち家を建てる。家族団らんのリビングをつくるとともに、子供に1部屋を与えることに父親の喜びがあった。しかし夜に父親が帰宅しリビングで家族とともにくつろごうとすると、子供たちはそそくさと自室に消え去るようになる。「2階の娘に離れの息子」になってしまう。果たしてこのような住まい方をするためにこの家を建てたのだろうか、と父親はガクゼンとするのである。
 1980年になると、住宅公団で「老人室付き」の間取りが出来る。そして2世帯住宅が促進される。そんな時、某所のとある2世帯住居での出来事が話題となった。「お母さん、ご飯ですよ」の声がする。2階から嫁に呼びかけられる「ご飯ですよ」の声が、嫁からの命令口調に聞こえてたまらない、という1階に住む80歳の姑さんの悩みである。
 プライバシーを大事にする近代生活と住宅規模の拡大で、個室群のような住まいが普及し、緩衝ゾーンの少ない窮屈な暮しぶりとなった。
 高齢社会での住まいのあり方は、家族のあり方の問題でもある。老いても自立して家族と暮らすことのできる住まいづくりを提唱している建築家夏目幸子さんは自書「やっぱり我が家で暮したい」(岩波書店2000)のなかで、自分でコントロールできる領域、つまりハナレのような空間を持ちながら、我が家という一体感や帰属意識が持てる住まい方が必要だと主張している。
 少子高齢化問題が顕在化した近年では、同じ屋根の下で3世帯が住む事ができる長期優良住宅の推進や、親子世帯がお互いの生活を尊重しながら500m圏内に近居するための住居の家賃割引や購入補助、などの施策が打ち出されている。
 そこで、近居の家族の居場所が求められる。近くのカフェやレストラン・居酒屋・公園が家族の居間だと言っていたのは、都心の狭小住宅がもてはやされた頃の事だが、最近の住宅情報誌に「家族でくつろぐスタイリッシュリビング」というのがあった。まるで家具のショールームのように、カウチソファやローソファ・パイプ椅子とテーブル・ロッキングチェアが並べられた広めの部屋である。家族が集まって思い思いの姿勢でくつろいだり、まどろんだり、話し込んだりするのだろう。
 不確定で不定形な居場所の設計である。これもハナレの1種だろう。
 家族の間で適度な距離を保った秩序のある住まい方と、有無を言わせない家族のぬくもりを感じさせる居場所は、暮らし方の知恵としてもっと追求されて良い空間だと思う。
Copyright © 2019 野平洋次 )
「家を建てて子を失う ----- 坪井当貴建築設計事務所・一級建築士事務所 坪井当貴 ----- 」
正しい家づくり研究会会員の設計した「離れのような母の居場所」

「離れのような母の居場所」
 実家を建て替えるなど親と子が同居するケースで、考えるべきことのひとつに「お互いの生活の距離感」がある。生活時間帯の違いや音の問題など、家族といえども最小限の生活ルールや、ある程度のプライバシーも必要である。同居する側、それを受け入れる側にとってお互いを気遣うことは当然のことかもしれないが、先のことを想像すればやはり不安にもなるだろう。親子の関係、嫁・姑の関係、祖母と孫の関係、同居することで家族関係が揺らぐことは是が非でも避けたいものだ。もし「生活の距離感」を適切に保てる間取りがあるならば、想定される生活上の問題もある程度の範囲で回避することも可能かもしれない。「自分の家には離れのような部屋がある。」そう思えるだけで、同居することへ不安な気持ちを少しは和らげることもできるだろう。長い時間を共に過ごす家族にとって「適切の距離感」をデザインすること。いつの時代も共通する住宅設計のテーマではないかと思う。住宅事例を2つご紹介したい。

設計担当:坪井当貴建築設計事務所・一級建築士事務所 坪井当貴
離れのような空間のある家1
離れのような空間のある家2

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